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パウロ伝
115-127節
パウロの著作
主な執筆時期
著作の形式
パウロの著作の文体
霊感
パウロの人柄
自然と霊的なことの融合
特徴
肉体的に
仕事に
人々への影響力
無私
宣教を行う意識
キリストへの個人的な敬虔
115.主な執筆時期・・・第3次伝道旅行が終わったのはギリシャの教会を急ぎ足で訪ね終え
た時であることをすでに指摘した。
この訪問は数ヶ月にわたって続いたが、使徒の働きでは2,3行でそれを通り過ぎた。恐らく
好奇心をそそるできごとがわずかしかなされなかったため、いきおい執筆者は詳細には書か なかったのであった。けれども私たちは他の出典から、それはパウロの生涯の最も重要な部 分であったと知っている。その半年をかけて彼は彼の全書簡のうちの最大のものであるローマ 人への手紙を書き、そしてそれより少し短いが重要な他の2書・・・ガラテヤ人への手紙とコリ ント人への手紙第二・・・を書いたからであった。
116. こうして私たちは彼の著作に示されている彼の生涯の輝いている部分を得ている。
この人がついてきた人々のうちに引き起こしたことの非凡さや、私たちがこれまでに感じてきた
ものと同様に、彼は地方から地方へ、大陸から大陸へ、陸を越え海を渡り、彼が献身した目的 を追い求めていった印象に圧倒される。そしてこの印象は、彼が同時に働きながら彼の時代 のみならずいかなる時代に対しても非常に深い思想家であり、彼の著作は後の世に最も力あ る知的力を示し、その影響はいまだに拡大し続けている。
この見地からも彼はすべての伝道者、宣教師を完全に越えている。かれらの内の何人かは、
ある特定の事項では彼に近づくかもしれない・・・たとえば、ザビエル、リビングストンは世を征 服する才能において、聖ベルナルドゥスとかホイットフィールドなどは熱心さと活動に於いてそう である。しかしこれらのわずかなひとびとも、単純な新しい考え方を世の信仰に加えただけであ る。一方パウロは少なくとも彼ら自身の優れた事項についても少なくとも同等であり、人類に新 しい思想の世界を与えたのであった。
もしも彼の書簡が滅びていたら、その文献が失われたことによる損失は、ただ一つの例外・・・
私たちの主の生涯の記録とその死について語られている福音書・・・を除いて最大のものとな ったであろう。それらは他のいかなる著作もなしえないほど教会の精神を奮い立たせ、世の土 壌に何百もの種をまき散らし、その実は今人類すべての所有となっている。
教会が経験したすべての変革を前進させた警戒のことばはそれらからもたらされた。
ルターがヨーロッパを目覚めさせた時、かれが力ある声で叫んだのはパウロのたったひとつの
ことばであった。百年前に私たち自身の国が、霊的な死が世の中に行き渡った状態から覚醒 されたのは、パウロの書物の中に真理を再発見した人々の声によったのであった。
117.彼の書き方の形式・・・書簡を記しているとき、パウロはそれが将来どのような働きをす
るか、ほとんど考えていなかったことであろう。
それらはただ彼の働きに必要から引き出されたものであった。それら文字通り手紙であって、
形式的な手紙でなく、それぞれの特殊な状況で書かれたものであり、注意深く意図され、やが て名声を得ようと目論んだものではなかった。正しい種類の手紙は、他のすべてのこと以前 に、こころから生まれたものであって、パウロの熱心な心情によった。霊の子どもたちの幸福 を熱望し、彼らが晒されている危険を警告したことが彼の著作の全部を生み出したのであっ た。
それらは彼の日常の働きの一部であった。彼は海や陸を越えて飛び回り、彼の回心者を訪問
し、あるいは彼らを忠告し、彼等がどのように働いて暮らしているかの知らせをもたらせるため にテモテやテトスを派遣した。それが、彼が同じデザインの手紙を送ることが出来なかった理 由であった。
118.パウロの文体・・・文体がこれらの著作の価値を損なうように見えるかも知れない。
私たちは、非常に多くの瞬間的な特殊事情によって彼の注意を引き起こされた彼の思考の筋
道の代わりに、彼がひとつの完全な著書に彼の精神を集中させ、彼の思想を占めていた高い 対象についての概観を組織的な体系に展開してくれることを望む傾向があるかも知れない。
パウロの書簡が模範的な文体であるとは主張できない。それらをあまりにも急いで書かなけれ
ばならなかったから、その結果それを書いた時に添削することは彼の念頭になかった。事実し ばしば彼の思考は、単に細やかさや美しさの力で、絶妙なことばの形になったり、感情の波に よって自然に形作られた高貴な雄弁さを持った文章がその中にある。
しかし、よりしばしば彼の言葉は荒削りで混沌としている。疑いもなく最初に彼が言いたい内容
を表現する。彼は文を書き始めるがそれらの完成しないうちにやめる。そして脱線し、彼が着 手した思考の線を取りあげることを忘れる。彼は彼の抱いた数々の理念をまとめて提供せ ず、それらをばらばらなまま混在させる。おそらくオリバー・クロムウェルの手紙や説教ほどパ ウロの文体と正確に似ているものはないであろう。この英国の保護者の脳中には、英国、当時 のその島に存在した英国と複雑な関係にあるできごとがあり、彼がそれらを説教とか手紙に表 現しようと試みたとき、彼のこころから流れ出たものは極度に普通ではない感嘆の混じったも の、質問、議論、などで、すぐにそれらをことばの砂の中に見失い、扱いにくい挿入語句やわ ずかの美しい哀感、人を従わせる雄弁のみとなった。
しかし皆さんがこの驚くべき言い回しを読むとき、皆さんは当時のいかなる他の代表者にも勝
るピューリタンの世界の心と魂をある程度見ることができたと感じるであろう。
皆さんは正にその誕生のプロセスの中に当時のできごとや思想を見ることでしょう。
事実、恐らく一種の形式的でないことは、非常に高い新規性に自然に伴うものであろう。
完全な表現と規則的な理念の論述は後から手を加えたものであって、偉大な思考も生じてき
た最初の時には、初期的な種類の荒っぽさが存在する。あたかも黄金が地から取り出された ときにはまだ土が粘り着いてついていて、みがかれるのは後のことである。先だって天然の器 から鉱石が取り出され、選鉱の過程を経るのである。
自分の著書の中でパウロは、真理の鉱石の原石を投げつけている。私たちは何百もの思想を
彼から受けており、それらは決して以前から存在したものではなかった。最初の人が彼の思想 を見いだすと、最も平凡な学者でも、自分でそれを生み出すことはできないが、説明は彼以上 に上手にできるかも知れない。
そのようにパウロの著作の隅々にまで、他の人々が神学と倫理のシステムに結びつけるであ
ろう材料があり、そうすることは教会の責任である。しかし、パウロの書簡は正に生まれたまま の過程をわたくしたちに啓示する事を許している。私たちがそれらを念入りに読むとき、私たち は真理の世界の創造の証拠を見るような気がする。あたかも天使たちが、混沌の中から様々 な地が現れ、広く高く広がっていったのをみて驚いたように。
彼はしばしば取り扱っているものの詳細を書き留めた。真理の広大な外観の全体はそれらの
各々一つを取り扱うことによって再現される。あたかも全天は星のしずくのひとつひとつを反映 しているように。ギリシャの回心者たちを訪問した第二次伝道旅行の数多くの動乱のまっただ 中にあった彼が半年の間に書いたローマ人への手紙、ガラテヤ人への手紙、コリント人への 手紙第二に勝って、彼のこころの豊かさを有効に証明することができるものがあるだろうか?
119.パウロの霊感・・・聖霊によってパウロに真理の啓示を伝えた方は神であった。
その偉大さや神聖さ自体が、他の起源によるものではあり得ないことの最大の証明である。し
かしそれにもかかわらず、それをはじめて考えたパウロには喜びと痛みをもたらした。それは 彼の経験によって彼にもたらされた。彼の心情と心のすべての糸がそれに浸され染められた。 そしてそれは彼の著作の中に見いだされ、彼の特異の才能と環境とに一致していた。
120.自分の書簡の中に明らかにされた人、パウロ
パウロが書いたものについてそれに欠けている文学的特性について補正を加えることは容易
であると思われるかもしれない。しかしこれらのひとつが他のすべてのものにまさっているの で、それ自体によって神の方法であるこの事例の正しさを十分に証明している。
書き物によってその人を把握しようとするとき、同様の広がりを見ることのできる手紙以外の
形式はない。手紙は最も個人的な文書の形式である。
人は自分の個性を隠して論文とか歴史書とか詩を書くかも知れないが、手紙ではその人自身
が示されないなら価値がない。
パウロは常に彼の手紙の中に姿が見えている。あなた方は彼が書いたどの章にも彼の心臓
の鼓動を感じることができる。彼は自分の肖像画を描いた・・・外側に止まらず、彼の心の最奥 で感じていることまでも・・・その描写をまねることができる人はいない。
使徒の働きに描かれた絵は驚くべきものであって、それはルカからでたものだけではなく真の
パウロの姿を私たちはパウロ自身から学ぶのである。彼が明らかにする真理はその人に具現 化されている。彼等自身の説教より偉大な説教者たちがおり、聴衆が主として得るものはその 説教を聞くこと以上にその説教者の偉大さや聖別された個性を垣間見ることであるように、パ ウロの著作の最良のものはパウロ自身であり、むしろ彼の内にある神の恩寵である。
121.彼の人柄は自然のものと霊的なものとのみごとな結合を示している。
自然的なものから彼は強い個性を受け取った。しかし、彼の内のキリスト教による変化もそれ
におとらず明らかであった。その性格が自然によるものと恩寵によるものと明らかに区別でき る人は誰もいない。なぜなら自然と恩寵は贖われた人生にみごとに融合しているからである。
パウロの中のその二つの結合は著しく完成していた。しかし、彼の内では別々の起源の二つ
の要素であることが常に明確であった。そして事実このことは彼の人柄を正しく見積もる鍵で あった。
122.肉体的特徴・・・最も単純な自然的特質からはじめよう・・彼の肉体は彼の生涯の重要な
条件であった。
聴力の欠乏は音楽活動を不可能にし、視力を失えば画家として進むことをストップさせる。同
様に宣教師としての生活はある程度の肉体的なスタミナ無くしては不可能である。
パウロの艱難の目録それだけを読み、それらの過酷さから彼が立ち直ったその回復力を見、
また彼の労働を概観した人は誰しも、彼がヘラクレスの型のような人物でなければ通常はあり 得ないと考えるであろう。
反対に、彼は自分が、身長が低く肉体的に弱い人物であると明らかにしている。この弱さはし
ばしば彼の見た目を損なう病気であると誇張される。更に彼は異邦人の間で彼の肉体的特徴 が彼等をがっかりさせるものであったと鋭く感じていた。
自分の仕事を愛するすべての説教者にとって、語る者が聴衆に好まれて互いにひとつとなり、
すべての恩寵を含む福音を説教したいのである。
しかし、神は彼の望みを越えて正に彼の弱さを用いられ、彼の回心者たちへの優しさを彼から
引き出し、それによって彼は強くそして彼の欠陥さえも彼の栄光とされた。
彼が罹った病はひどい眼病であったとか、そのためまぶたが不快なほど赤かったとか、世間
に言いふらされている説がある。
しかし、その根拠は極めて薄弱である。反対に彼は鋭いいちべつで敵対するものを縮み上が
らせた魅力的で顕著な力を持っていた。例えば魔術師エルマの物語がそれである。このことは ルターの伝説を私たちに思い出させる。ルターの目はそばにいる人々がみていられないほど、 しばしば非常に輝き、きらめいたという。
彼の体のつくりが極度に弱かったとか、精神を病む慢性の病気持ちであったとかいう、近年の
パウロの伝記作家のいかなる考えも根拠がない。
彼の労働や、石打ち、むち打ちや他の責め苦は、極めて頑強で健康な肉体の条件無くして耐
えられる人物はいない。彼はしばしば病気に悩まされたことや彼が晒された暴行によって悩ま されたことがあった。しかし彼の回復は素早く、そのような時に彼の上に引き出された肉体的 力の大きな基礎が証明されている。そして誰が疑い得ようか。彼の顔が神に和解を求め嘆願 する人々を優しい愛にとかされている時、あるいは彼のメッセージを伝える熱心さに光が当た るとき、単純に整えられている姿の高貴な美しさを持っていたからに相違ないのではないか?
123.進取の気性・・・彼の人間性のもう一つの面である・・進取の気性・・にも自然的要素の
影響が多分にあった。
たいていのひとは、自分の生まれた土地で成長したいと思っている。新しい環境に変わり、近く
にいる人々とが新しい知己となることは、その人にとってはうっとうしいことある。
しかし、一方では放浪者のような血が流れている人々もいる。事実彼等は天性の移民であり
先駆者である。そしてもしもそのような人々が宣教の仕事についたなら彼等は最良の宣教をす る。
現代ではスコットランド人、デイヴィッド・リビングストンと同じ程に神に捧げた冒険の精神を持
った宣教師はいない。彼が最初にアフリカに行ったとき、彼は大陸の南部に宣教師たちが固ま っているのを見た。そこは未開人たちが中に済んでいる地の縁に過ぎなかった。彼等は庭の 付いた家と家族と小さな土着人の信者の集団を持っていた。それで彼らは満足していた。しか し彼は休む間もなくただちに未開人の地の心臓部に移動した。彼がよく行く地からさらに遠くに 行くことを夢見た。宣教師達が訪れたことのない地を数千マイル以上も進んだが、なお熱心に 前進した。
パウロの天性は、勇気と冒険に満ちていて、全く同類であった。離れた知らない土地は、彼を
尻込みさせるのではなく、引きつけたのであった。彼は他の人の据えた基礎の上に建てること に我慢ならなかった。それで恒に新しい地に急いだ。彼の後で他のひとびとが教会を建てるこ とができるように去った。彼はもし彼が此処彼処に福音の火を灯すなら、その火はそれ自身の 地からで彼がいなくとも広大な地に広まると信じた。
彼は自分が残した団体を数えることを好んだが、彼の関心は恒に前方にあった。彼は夢に、
新しい国に彼を招いている人を見た。かれはいつも長い終わりのないプログラムを心に描いて いた。そして死が近づいたとき、彼はなお知られている世界のもっとも片隅の地への旅を考え ていた。
124.人々への影響力・・・類似の彼の人柄の要素のひとつは、正にひとびとへの影響力であ
る。
仕事のためやむなくであってさえ見知らぬ人に声を掛けることに苦痛を覚える人がいる。そし
て大抵のひとびとは、同じクラスの人とか彼等と同じ職業の人々にのみ安心感を覚え、そこに とどまるのである。しかし彼が選んだ人生では、パウロはあらゆる種類の人々と接触し、恒に 彼が託された仕事を見知らぬ人々に伝えた。彼は王とか総督と面会するとすぐに部屋いっぱ いの奴隷たちに会い、次に一般の兵士たちに会った。ある日彼はユダヤ人の会堂で説教した が、一方アテネの哲学者たちとも、また文明から遠く離れた地方の町々の住民にも会った。
しかし彼はすべての聴衆に彼自身を適合させることができた。ユダヤ人に対してはラビとして
旧約聖書から、ギリシャ人には彼等の詩人の言葉を引用し、未開人には雨を降らせ実りの季 節を与え、私たちのこころを食物と喜びに満たして下さる神について語った。
弱く不誠実な人がすべてのこと、すべてのひとと同じであろうと試みたなら、彼は誰にもなにも
ない存在となって終わるであろう。
しかし、この原理に生きて、パウロは全ての地に福音入り口を見いだした。そして同時に彼が
腰を低くしたこれらの人々の愛を勝ち取った。もし敵にひどく嫌われたら、彼の友たちにもっと 強く愛されないはずがない。彼らは彼を神あるいはイエス・キリストご自身の使者と受け止め た。そして彼のために自分たちの目をえぐり取って与える心の備えがあった。
ある教会は他の教会がより多く彼を獲得していることを妬んだ。彼が約束していた時に訪問で
きなかったとき、彼が彼らになにか悪いことをしたかのように怒った。彼が彼らから別れていく とき、彼らは彼の首を抱き、口づけして泣いた。数多くの若者が彼の後に続いた。彼らは彼の 使い走りをする備えができていた。それは魅力の秘密である彼の人間性の大きを示している。 あたかも保養地の大自然のように、彼の隣人たちは彼に満足を感じたのであった。
125.無私・・・しかしこの評判は、彼の人柄のなかの異彩を放って輝いているもう一つの属
性・・・無私の精神の故であった。
これは普通の人間にはごく希な品性であって、それが純粋性と強さの中に存在するとき、もっ
とも力強く他のひとびとに影響を与えるのである。
大抵の人は自分の興味を持つものに熱中し、他のひとびとも同じであるとごく自然に期待す
る。もし誰か自分の利益に興味を持っていないで、自分のためにすることを他のひとのために なしているひとを見ると、最初は疑い、慈善の衣の下に別な意図を隠していると推量する。しか しそのひとが試験に耐えて立ち、彼が無私性が本物であることが証明されると彼らは限りの無 い尊敬を彼に払うのである。
パウロは国から国へ、町から町へと現れたが、彼が接近したひとびとにとって最初はまったく
得体の知れない人物であった。
彼らは彼の真の意図についてあらゆる種類の推測をした。
彼が求めているものは富とか権力だろうか、それとももっと悪い不潔な何かだろうか?
彼の敵たちはそのような中傷を投げかけることを決して止めなかった。
しかし彼に近づくことができ、ありのままの彼を理解した人々は、彼がお金を断り、報酬目当て
の動機であるという疑いを越えて自らの手で日夜働いて自分の生活を支えている事を知った。 そしてひとりまたひとり自分の家で、涙をもってきよい生活するように勧めるのを聞き、彼らひと りひとりに個人的関心を保っていることが分かった・・・これらのことによって、彼が無私である ことや彼らの感情が彼を受け入れていなかったことの証明に抵抗できなかった。
もっと無私な人は決していない。彼は文字通り生涯自分の利益を求めなかったのであった。
家族の絆はなく、妻や子どもたちに与えるはずのものである偉大な自然の愛情のすべてを、
彼の仕事の水路に注いだのであった。
彼は自分の回心者たちへのやさしさを母がその子らを養うことと比較した。福音によって得た
彼らの父であることを覚えて喜んだ。彼らは彼の栄光の冠、彼の望み、喜び、喜び踊る冠なの である。彼は新たな勝利者になる(新しい回心者を得る)ことを熱望したが、彼は決して勝ち取 ったひとびとをつかんで離さなかった。彼が彼らのために日夜祈り感謝を捧げることによって 彼の教会を確立出来た。そして彼は恵みの座で彼の回心者たちの名を覚えていた。これほど の無私性が人の天性に逆らわないことがあるだろうか?
もしパウロが世に対する勝利者であったら、彼は愛の力によってそれを勝ち取ったのであっ
た。
126.彼の宣教・・・次に彼の人柄の二つの最も顕著なキリスト者の特質を取り上げなければ
ならない。
そのひとつは神からキリストを宣べ伝える宣教の使命を受けているという自覚であって、彼は
それを遂行するために縛られていた。大抵の人にとっては人生は単なる浮き草である。彼らが 行っている仕事は数百の偶然の環境によって決められる。彼らは好むままに何でもすることが できるし、余裕があれば何もしないこともできる。しかし、キリスト者になった時から、パウロは 自分のなすべき事が決められていることを知っていた。彼が受けた召命は彼の魂に警鐘のご とく鳴り響いていた。
「もし私が福音を宣べ伝えなかったら禍である。」これが彼を追い立てた衝動であった。
彼は、自分が語るべき新しい真理の世界をもっており、人々の救いがそれらの彼の語ることに
掛かっていることを感じ取った。
彼は、自分が自分の到達できる最大限の努力を払って、最も多くの彼の仲間の被造物にキリ
ストを知らせるために召命を受けたことを知っていた。それが彼の運動を熱烈なものとし、危 険に盲目で、迫害を顧みないものとした。
「これらのもののうちに私を動かすものはなにもないだけでなく自分自身のいのちも計算にい
れない。ですから私は喜びをもって自分の走るべき道を完走し、神の恵みの福音を証しするた めに主イエスから受けた使命である宣教を果たしました。」
彼はいつもキリストの裁きの座に於いて弁明することを見ながら生きた。そして彼のこころは常
に、もし彼が忠実さが証明されるなら、主、義しい裁き主が彼の頭に置かれる人生の栄冠の幻 によって落胆から回復させられた。
127.キリストへの献身・・・彼の経歴を形作ったキリスト者としての際だった他の特性は、キリ
ストへの個人的な献身であった。
これは人間にとって最高の品性である。そして最初から最後まで彼の活動の原動力であった。
彼はキリストに出会った最初の瞬間からただひとつの情熱を持った。彼の救い主への愛は時 と共に輝きを増し終わりまで燃え続けた。彼は自分自身をキリストの奴隷と呼ぶことを喜んだ。 そしてキリストの思想の宣伝者となり、キリストの影響が続くこと以外何の望みをも持たなかっ た。彼は自分がキリストの代理者であるという考えを、驚くほどの大胆さで受け取った。彼は、 彼の回心者たちに向かって彼の胸の内にキリストの心が脈打っていると言う。彼は、キリスト の知性が自分の頭の中で考えている。彼は、キリストの悩みの欠けたところを満たすためにキ リストの働きを続けるという。そしてキリストの傷跡が彼の身に再現するという。彼は、キリスト が世のいのちのために死んだように彼の死によって他のひとびとが生きるという。
しかしこれらの大胆な表現の下に横たわっているものは、真に深い謙遜であった。彼はキリス
トが彼のためにすべてのことをなして下さるという考えを持っていた。キリストは彼の内に入ら れ、古いパウロは投げ捨てられ、古いいのちは終わり、新しく造られ、新しく感じ、活動する新 しいひととなった。そして彼の最も深い願いはこのプロセスが完成に達する・・・彼の古い自我 は全く消え失せ、キリストがキリストご自身にかたどった新しい自分に変えられる・・ことであっ た。支え続け、支配し、キリストの考えが自分の考えとなり、キリストのことばが自分のことばに なり、キリストが行われたように行い、キリストの品性が自分の品性となり、「生きているのは私 ではなく、キリストが私の内に生きている。」と言うことができることであった。
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