キリスト伝  

第1章 イエスの誕生、幼年期、青年期
 
誕生
.幼子の周りの人々
羊飼
シメオンとアンナ
賢者たち
ヘロデ
.ナザレにおける沈黙の年々
信頼できる記録の欠如
彼の家庭
 教育環境
旧約聖書
人間性
ナザレの風景
エルサレム訪問


 1.誕生
アウグストがローマ皇帝の座に座っていて、彼は指さしひとつでほとんど全文明世界にまたが
る政府機関を動かすことができた。彼は権力と富を誇り、広大な領土の人口と税収との記録を
収集することが、彼の好みの仕事のひとつであった。そこで彼は、聖書記者ルカが述べている
とおり、「全世界の人々が登録されなければならない」、あるいはそのことばの持っている意味
をもっと正確に表現すると、将来の課税の基礎を確保するために人口調査をせよ、という命令
を発した。
この法令の影響を受けた国のひとつがパレスチナであって、その国の王はヘロデ大王で、ア
ウグストの家臣であった。アウグストの命令は国中を動かした。その理由は、人口調査は実際
に住んでいる場所においてではなく、古いユダヤの慣例に従って、所属する系図の十二支族
の一員としての場所で行われたからであった。


2.
遥か離れた地からのアウグストの命令によって、公道に追い立てられた人々の中に、ガリラヤ
のナザレの村の大工ヨセフと彼の許嫁の妻マリヤの貧しい夫婦がいた。
彼らは、所定の登録簿に自分たちの記載の申請をするために100マイルもの旅に行かなけ
ればならなかった。というのは彼らは田舎者であったが、彼らの内には王族の血が流れ、国の
遙か南にある、昔、王に属していたベツレヘムの町の出身であったからであった。
来る日も来る日も皇帝の意志は、目に見えない手のように、彼らを疲れさせる道に沿って南に
ゆくことを強いた。それは町の門に導く岩だらけの道を登り切るまで続き、・・彼は気遣って恐
れ、彼女は疲れてほとんど死にそうであった。
彼らは宿屋にたどり着いたが、同じ用向きで彼らより先に到着した客で混んでいた。
彼らを受け入れるため戸を開く親切な家はなかった。彼らは泊まるために宿屋の中庭の一角
を片づけた。他は数多くの旅行者たちの動物によって占められていた。
そこで、まさにその夜、彼女は彼女の最初の息子を生んだ。そして彼女を助けてくれる女手
も、赤子用の寝床もなかったので、彼女は幼子を布きれにつつんで飼葉桶に寝かせた。


3.
これがイエスの誕生の様子であった。
私は次のことを知るまで、その光景に完全な悲哀を感じているわけでは決してなかった。
私は中部ドイツのアイスレーベンの市場町にある古い宿屋の一室に立っているが、私が語っ
ているのは4世紀前のまさにその場所の話である。ある日、市の日と大衆酒場の騒音のまっ
ただ中で、貧しい鉱夫、ハンス・ルーテルの妻が、驚いたことにマリアの様に急に産気づき、悲
しみと貧困の中で子供を産んだ。その子はマルチン・ルーテル、宗教改革の英雄、近代ヨーロ
ッパの創始者となった。


4.
翌朝、再び宿屋と宿屋の庭に騒音と活気が訪れ、ベツレヘムの市民は各自の仕事に行き、住
民登録は進んだ。そのさなかに、この世の歴史の最大の出来事が起きたのであった。
私たちは大きな出来事の始まる場所を決して知らない。
この世に新しい魂が訪れることはすべて神秘であり、可能性を閉じこめた宝石箱である。
ヨセフとマリア・・・農民の娘、大工の花嫁である彼女の上に、神の子世の救い主、彼女の民族
の救い主イエスの母となる名誉が与えられた・・・だけが、この恐るべき秘密を知っていた。


5.
彼がまさにこの地点で生まれるということは昔の預言者によって預言されていた。「ベツレヘ
ム・エフラタ、汝はユダの数千の町々の間にあって小さいが、汝からイスラエルの支配者が生
まれ出るであろう。」
高慢な皇帝の勅令は、不安な二人を南に追い立てた。
しかり、もう一つ別の手・・皇帝たち王たち、政治家、議会を支配し、ご自分の目的を遂行させ
るお方の手・・が、そのお方の目的を遂行するために彼らを導いていた。しかし、彼らはそれを
知らなかった。パロのこころを頑なにし、クロスを奴隷のように彼の足下に呼びつけ、ネブカデ
ネザルを僕にしたお方は、同じ方法でアウグストの誇りと野望を遠くご自分の目的達成のため
に支配された。


6.幼子を取り巻く人々
イエスは人生の最初の段階に非常に貧しく静かに入っていき、ベツレヘムの町の人々は彼ら
のうちで起こったことを夢にも思わなかった。ローマの皇帝は、ローマ世界だけでなくローマの
鷲(旗)が翻ったことのなかった多くの国々にまでも、やがて支配者になる王の誕生に自分の
命令が影響したことを知らなかった。明日の朝、人類の歴史に普遍的に関係してくる流れが大
音響を立てて進むことが起こっている出来事にだれも全く気づかなかった。
けれども、それはすべての人の注目から逃れていたわけではなかった。
年老いたエリサベツは彼女の主の母が彼女に近づいたとき、彼女の胎内にいた赤子が踊った
ように、そのように、彼が新しい世に現れたとき、過ぎ去りつつあった昔の世の様々な代表者
たちの中に、真理の期待と予兆とが広まったのであった。
あちこちに敏感で待ち望んでいた魂がおり、かすかで半ば意識を伴った戦慄が走り、幼子の
寝台の周りに彼らは惹き付けられた。
集まって彼を見つめる人々を見よ!
それは彼の全生涯の姿の縮図を示していた。


7.羊飼
最初に、近くの野から羊飼いたちが来た。
この世の王たちや主立った人々には気付かれなかったこのできごとは、天使たちにとって非常
に興味深い題材であって、この偉大なできごとの重要性を説明し、彼らの喜びをあらわすため
に、彼らは彼らがまとっている人の目に見えなくするための衣を脱ぎ捨てた。
そして、彼らがそれを告げるために最も相応しい魂を探し求め、彼らはこの単純な羊飼いたち
を見つけた。
羊飼いたちは暗示に富んだ野で、瞑想と祈りの生活をしていたが、そこはヤコブが彼の羊の
群れを保った野原、ボアズとルスとが結婚し、そこで旧約聖書の偉大な人物ダビデが、若い
日々を過ごしたのであった。そこで彼ら自身の魂が必要としている秘密を学び、神殿の宗教的
虚飾の中にいて、旧約聖書の預言者たちの目をもって見ることなく探求したものを書くパリサイ
人たちにまさって救い主の性質について多くを学んだ。


8.シメオンとアンナ
次に彼らのところに敬虔で聡明な聖書の学徒たちの代表者であるシメオンとアンナが来た。彼
らはその時救い主の出現を期待しており、後にイエスの最も忠実な数人の弟子たちが彼らの
中からでた。
誕生から八日後に幼子は「律法の下にあるものとして」割礼を受け、契約に入り、彼の名はそ
の民のうちにその名が彼の血によって刻まれた。
マリアの潔めの期間が終わるとすぐに、彼らは神殿の主に幼子を捧げるためにベツレヘムか
らエルサレムへ幼子を連れて行った。
それは「主の神殿に入られる神殿の主」であった。しかし、そこでかれらほど祭司たちの注意を
惹かなかった訪問者はいなかった。なぜならマリアは普通そのような場合に捧げる犠牲のけも
のの代わりに、貧しい人々の捧げものであるたった二羽の山鳩を捧げることができただけであ
ったからであった。
しかしこの世に輝く光景によって目を眩まされない、見つめている目があった。幼子の貧しさも
彼を隠すことはできなかった。
老聖徒シメオンは、多くの祈りが答えられて救い主を見るまで彼は死なないという秘密の約束
を与えられていた。彼は幼子と両親とに会ったとき、この方がついに来た救い主であるという
考えが突然雷光のように彼を打ったので、彼は幼子を両腕に抱き、異邦人の光イスラエルの
人々の栄光の降臨について神を褒め称えた。
まだ彼が話している間に、もう一人の証人がその人々に加わった。
それはアンナという名の聖なるやもめであって、文字通り主の宮の庭に住んでいた。彼女の鋭
い洞察力をもった霊の目は祈りと断食によって潔められ、預言者の視力をもってベールにつつ
まれた光景を見通すことができた。
.彼女はシメオンの神を褒め称えることに和した。そしてイスラエルの贖いを探し求めている他
の期待している人々に、力ある秘密を告げた。


9.博士たち
羊飼いたちとこれらの年老いた聖徒たちはこの世に新しい力が入ってきた場所に近いところに
いた。
しかしそのできごとは、非常に離れたところにいた敏感な人々にも戦慄を与えた。
幼子が東からの賢者たちの訪問を受けたのは、恐らく両親が神殿に幼子を捧げ、ナザレに戻
る代わりにそこに住むつもりでベツレヘムに連れて帰った後のことであった。
彼らは、ユーフラテス川のむこう側の国の、学問を修めた博士(マギ)・・(ペルシャの)司祭階
級で、科学、哲学、医療技術、宗教の神秘に関する知識に富む人々・・たちの一員であった。
タキトゥス、スエトニウス、それからヨセフスは、彼らのいた地域の宗教では、ユダヤで偉大な
王が誕生するという預言が広がっていたと私たちに語っている。
私たちは同様に偉大な天文学者ケプラーが、正にその時一時的に輝く星が天に見えた事を計
算によって示したことを知っている。
さて、その博士たちは天文学の熱心な学徒であって、天に何らかの異常な現象を見て地上で
顕著な出来事が起こる徴であると信じたのであったと考えられている。そしておそらく、星が彼
らの注意を惹き、疑いもなく昔の歴史家たちによって記された期待によって熱心に導かれ、彼
らはそれが成就したかどうか見るために西に導かれたのであった。
しかし彼らの内には、神が呼び覚まされたより深い望みが呼び起こされていたにちがいない。
仮に彼らの探求が科学的な興味と推論から始められていたとしても、神はそれを完全な真理
に導かれた。
神は何時もそうされる。
不完全さをただす長い論文を作ることに代えて、神は私たちに私たちの理解できることばを語
られる。たとえそれが神の意味しておられることを不完全に表現していても、それを用いて私た
ちを完全な真理に導かれる。
丁度神が占星術を用いて世を天文学に導いたように、錬金術は化学に導き、学問の復興が
宗教改革に先立った。そのように神は、なかば誤りと迷信であったこれらの人々の知識を用い
て、彼らを世の光へと導いた。
彼らの訪問は未来の異邦人の世が、彼の教えと救いをいかに歓迎し、その富と才能、科学と
哲学を彼の足下に捧げることを示す預言であった。


10.ヘロデ
彼のゆりかごの周りに集まったこれらの人々はみな、神聖な幼子を礼拝するためであった・・
羊飼いは単純な驚きによって、シメオンとアンナは知恵と何世紀にも渡る敬虔な富によって豊
かにされた敬虔によって、博士たちは東方の豊かな贈り物を携えてきて異邦人の知識を率直
に明らかにした。
しかし、これらの貴重な礼拝者たちが幼子を見つめている肩越しに、そこにやってきた邪悪な
目的と殺意の顔が見えた。
それはヘロデの顔であった。
この君主はその国のダビデ家とマカベ家の王座を占領していた。
しかし彼は低い生まれで、それを暴力で奪い取った外国人であった。
彼の国民は彼を嫌った。しかしただローマ人に好まれたのでその席を保っていた。
彼には能力があり、野望に満ち、尊大であった。
あなた方が東洋の暴君に出会うとそうであるように、彼は非常に残酷で、悪知恵に長け、陰鬱
で、不道徳な心の持ち主であった。
彼はあらゆる罪に有罪であった。
彼は自分の宮殿を血の中を泳げるほどにした。彼自身の好んだ妻と、三人の息子と多くの関
係者を殺した。
今や彼は年老いて病と、自責の念、不人気と、そして彼自身が奪い取った王座を誰かに奪わ
れる恐怖に悩まされていた。
その誕生のしるしを東方で見た方を捜して、東方の博士たちは自然に主都に足を運んだ。
彼らの暗示はヘロデのもっとも嫌な点に触れた。しかし、邪悪な偽善をもって彼は自分の疑い
を隠した。
祭司たちから救い主はベツレヘムで生まれることを告げられて、彼は直ちに東の博士たちに
そこを示した。しかし戻ってきて新しい王がいる家を彼に話すようにと協定を結んだ。
彼の望みは一息に幼子を亡き者にすることであった。
しかし、彼は頓挫した。なぜなら神の警告があって、賢者たちは彼のもとに帰ってこず、他の道
を通って自分の国に帰っていったからであった。
それで彼の怒りは嵐のように燃え上がり、彼は兵士たちを派遣して、ベツレヘムの2最以下の
赤子を全部殺させた。
神の目的の鎖を断ち切ることは、ダイヤモンドの山を切ることを試みるようなものである。
彼は巣に剣を刺し通したが、鳥は飛び去った後であった。
ヨセフは幼子を連れてエジプトに逃げ、ヘロデが死ぬまでそこにとどまった。彼は帰ってくると
ベツレヘムを避けてナザレに住んだ。その理由は、父親と同様に血に飢え渇いているアケラオ
が王になっていたからであった。
幼子をにらみつけるヘロデの殺意の顔は、世の力が彼を責め苛み、地上から彼の命を奪おう
とすることに関する悲しい預言であった。
  

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