chapter17

              第17章 パウロの広さと狭さ

上辺だけの視点でものを見る人は、パウロは狭い人生を生きたと言おうとする。
彼はすべのものは私たちに属すと主張したが、彼はそれらの多くを決して自分の助けにはして
いない。
彼がほんの僅かでも芸術に興味をもったという証拠はない。
彼の目は、私たちの判断の及ぶ限り、彫刻や建築を喜ばなかった。
彼は明らかに音楽にも絵画にも喜びを見いださなかった。
彼は私たちの知る限り、ギリシャの天才たちの傑作に無関心であった。
恐らく彼は科学にも興味を覚えなかった。
科学的発見は彼に何のアピールもしなかった。

彼が天文学、植物学、自然の歴史、生理学の学徒ではなかったと推測しても問題ない。

世の自然のプロセスは彼の好奇心をそそったり、彼の思いを占めたりはしなかった。
彼は哲学に関心を払わなかった。時には僅かに。あるいは最小限それについて触れたが、そ
れは彼の注意を惹いたそれらの形式についてのみである。
私たちは、彼が実業についてあるいは実業家たちの不安や困惑について、何か考慮したとい
う証拠をもっていない。

実業界の存在に彼が意識したことを示すものは、彼の手紙の中には見いだされない。
そればかりでなく彼は政治にも興味を示さなかった。
政府の統治するすべての世の範疇は、彼の関与するところではなかった。
この世で活動している支配者たち、政治家たち、外交官たちにも彼はほとんど会わなかった。
彼はスポーツを好まなかった。
勿論、彼はギリシャの全ての町で一年を通じあるシーズンに、様々の競争や拳闘が行われて
いることを知っていた。しかし、私たちはこれらのギリシャの競技に彼が興味を抱いたとは思え
ない。

彼にとっては、全世界は色褪せていく花輪に過ぎなかった。
彼は家庭生活にさえもあまり興味を持たなかった。
彼は他の人々の家庭における面倒ごとに注意を与えている。しかし彼自身が家庭を持つこと
を望まなかった。
彼は一生独身か男やもめであった。そしてあまたの結婚している男たちを羨むことはなかっ
た。

彼はただ一つのもの・・教会・・に没頭した。
その中に彼は生き動き彼の全存在がそこにあった。
他の全てのものごとは、従属的であり比較的取るに足らないものであった。
教会の働きの一分野である説教の仕事に彼は全心を傾けた。
彼は説教者でありそれ以外は何もなかった。
宗教の礼典は彼の熱心を引き起こさなかった。

世の異邦人の宗教は全く彼に吐き気を催させるだけであった。
彼は洗礼と主の正餐は有益な礼典であることに同意したが、どの団体に対してもそれらは彼
の勤めではないとした。
彼にはなすべきただ一つの仕事があった。それは説教である。
時には彼は回心者に洗礼を授けたが、それについて彼に僅かな印象しか持たなかった。かれ
自身の告白によると洗礼を授けた人物が誰であったかあまり記憶することができなかった。
彼は説教に身を捧げた。
「もし私が説教をしなかったなら、災いである!」
彼は彼の影響下に入った若い人々を、なし得る限り説教者にしようとした。
「折りが良くても悪くても、世に宣べ伝えなさい!」
それが彼の奨励であって、幾世紀を越えて鳴り響き、今日のイエスの牧師たちでさえそのこと
ばに奮い立たされる。

この世における最高の働き・・・彼はそう思った・・・は説教することである。
彼はただひとつだけの使命を持った。それは説教することであった。
彼は、神が望まれる人物になるというただ一つの望みを持った。
彼は神についての知識が増し加わることというただ一つの目的を持った。
彼は自分の走るべき道のりを完走するというただひとつの喜びを持った。
彼の來世におけるただ一つの望みは、キリストと共にあることであった。
彼は狭い人生を生きた。
 彼の世は狭いのと同様に短かった。
彼は、彼の先の僅かな期間ですべての地上のことは終わると思った。
これが彼の説教の大きい部分を色づけている。
それが、彼が「従いなさい」という語を常に用いた理由を説明している。
全ての市民に彼はこういった。「政治を司る人々に従いなさい。」
全ての妻たちに彼は言った。「夫に従いなさい。」
全ての奴隷たちに彼は言った。「主人に従いなさい。」

彼が語る誰に対しても言った・・・「あなたがいるところにとどまりなさい。
今いるところで満足しなさい。
今いるところで神に仕えなさい。」
 こうしてパウロの人生とことばは誤りに導かれた。
パウロのようになりたいと願う良い人々は、科学、哲学、芸術、実業、政治、娯楽に、ある者は
結婚生活にさえも背を向ける者となっていった。

明らかに宗教に結びついていないすべてのものは、俗事であり危険なものとして非難された。
パウロの影響下で、人々は修道僧となり世から完全に自分を隠した。

他の人々は行者の庵や洞窟には行かなかったが、修道士的な考えを彼らの生活に持ち込ん
だ。

パウロの説教を聴いてごらんなさい。「彼らの間から出て、分離しなさい。」彼らはいかなる方
策も、モラルの改善も、教育や科学、芸術のいかなる運動を支えることも拒絶した。
彼ら自身の魂の救済に関わらないことで重要なものはないのである。
パウロの指導下で、人々は悲惨なまでに行き過ぎた服従の教義をとった。
彼らは君主が横暴であるか否かに関係なく服従し、夫が冷酷であるか否かに関係なく服従し、
奴隷は主人がいかに残酷であるか否かに関係なく従うように強調された。そしてパウロの指導
に従っている間ずっとそうであった。

パウロの手紙の傾向生を受けて、敬虔な人々は哲学を恐れ、科学を敵視し、芸術を疑い、す
べての形式の娯楽を、限度を超えて敵視した。
もし教会が狭量と偏見をもって頻繁に非難したとしたら、それはパウロの誤った導きを受けた
男女の態度によるのである。
(訳者註:パウロが誤っていると断定してはならない。ここにジェファーソンが「誤り」と判断した
ことは、本当に誤りか?それを誰が判断するのか?という問題が含まれる。ジェファーソンもま
た彼の時代の子であって、永遠につづく正誤の判定者ではないのである。ジェファーソンはパ
ウロの教えていることを誤解しているように思われる。特に「この世との分離」について、他のと
ころでパウロは、「世から出て行くことではない。」と明確に教えている。コリント人への手紙5章
の「この世との分離」は、「私たちは生ける神の宮なのだから、神に属するもでなければなら
ず、この世に属するものであってはならない。」と言っているのである。それは哲学、科学、芸
術、・・・等々を排斥することではない。)

しかし彼の弟子たちの偏りと失策の全てについてパウロを責めるべきではない。
彼の弟子たちはパウロが語り行ったことについて誤った引用をした。
パウロは説教者でありもっとも感受性に富んでいた。彼は自分の働きから逸脱することはなか
った。
働きが高ければ高いほど集中する必要は大きかった。
パウロは説教者であったから、彼は他の何ごとをもなしえなかった。
ほんの数人の人々が説教者となっただけだったから、大抵の人々はパウロのようにはなれな
かった。

人間性は芸術家、科学者、哲学者、実業家、政治家、俳優、歌手、法律家、医者、学校の教
師、作家、工芸師、農夫、鉱夫、船乗り、料理人、なしに栄えない。そしてどの人も自分が召し
を受けているものをもって働きに没頭する。

すべての人々がパウロのように生きたなら、世は面白くなく、耐えられないものとなるだろう。
すべての人はラファエロ(イタリアの画家)、サー・クリストファー・レン(イギリスの建築家、天文
学者)、グラッドストーン(イギリスの政治家)、パスツール(フランスの生化学者、細菌学者)、
エドウィン・ブース(アメリカの俳優)とかカールソー(イタリアのテノール歌手)の人生を生きるこ
とはできない。
すべての人は自分の人生を生きなければならない。
パウロも自分の人生を生きた。そして私たちは私たちの人生を生きなければならない。
自分の働きをよりよく実行するために、パウロは自分の働きに関係ないすべての人が行って
いる多くの事をあきらめなければならなかった。
もしパウロが科学や芸術をあきらめたとしても、全ての人々がそれらをあきらめなければなら
ないのではない。
パウロが娯楽に時間をとらなかったからといって、私たちは、娯楽は悪魔からのもので地上か
ら消し去らなければならないと結論できない。
 さらにその上、ある世代に与えられたアドバイスが、他の世代にも必要とするよいものである
とは限らない。
キリスト者が少なく影響力もなかった時にパウロが語ったことは、キリスト者が何百万人も数え
るほどに多くなり、この世の富と力との大きい部分をその手中にしている時、それが繰り返され
るなら誤ったものとなる。
前提条件が破壊され変化した時には罪となるものが含まれる。

政府を変えることができるときに、退廃した政府を続けさせることは、不面目なことである。
それを打倒するのに十分なキリスト者の男女がいるとき、どうして邪悪な団体が存続すること
を許されているのか?
すべての宗教の教師は自分と同時代の人々に語らなければならない。
パウロは1世紀の人々に語った。そしてそれは適切な話であった。
私たちは新約聖書を賢く読むとき、世から時代遅れになった文節を投げ捨て、私たちに相応し
い指導をしてくれることを残すのである。

 それはパウロの人生の仕方でなくその魂であり、ことばの文字ではなくそれらに含まれる精
神であって、私たちの宝であり探求すべきものである。

ナザレのイエスさえ模写されない。
私たちはただ彼の精神を持つときにのみ彼に従うのである。
「あなたがたはこの心構えでいなさい。それはキリスト・イエスの内にもあったものです。・・・」と
パウロはピリピ人たちに書いた。そしてその説教はすべての時代に相応しいものである。
時代を超えて、世は死に至るまで謙遜で神に従順である僕の姿をとる人々を必要としている。

私たちがパウロの心を持つとき、私たちは広い心を持つのである。
彼は私たちが知っている聖書の中で最も広い心の人物である。
彼の同国人を惹き付けたのは彼の広い心であった。

神殿における群衆は彼が天によって異邦人に遣わされたと彼が言うまで、忍耐深く彼のことば
を聞いていた。その言葉を聞くやいなや彼らはこう叫び始めた・・・「こんな男は地上から取り除
いてしまえ。生かしておくべきではない。」と。

彼らは金切り声を上げ吠え、彼らの衣を引き裂き、理性を失って空中に塵をまき散らした。

彼らは心が狭かったので、パウロに対して不快感を持った。
パウロの視野が広かったからである。
彼は全世界を眼中に置いた。
「私はスペインに行きたい。」と彼は言った。スペインは地の果てであった。
スペインの向こう側にはもはや暗やみ、向こう岸のない海以外の何もなかった。
彼の精神は新しい世界の秩序を夢見る全ての土地を覆って常にさまよった。
偏狭で彼に反対する人々にとって、彼が理解しがたかったことは不思議ではない。
 彼の精神はすばらしく人を受け入れることができた。
彼には新しいものも古いものも受け入れる余地があった。
彼はキリスト者になることができたがパリサイ派にもとどまった。
彼はキリストに真実であると同時に古いユダヤの儀式に忠実な祭りを愛した。

彼はイエスの忠実な従者であると同時に、神殿のナジル人として自分の頭を剃った。
そのような広さに到達する人はめったにいない。
彼らは古いものをあきらめると、それを笑いものにする。
パウロは彼にとって不要となったものを嘲笑しなかった。
彼の父たちの宗教は常に彼にとって神聖であった。

彼は非常に広かったので、分かち合えることのできない誰かの思想や、賛成できない指導に
も、共感することができたのであった。
彼は狭い人々に対しても尊敬を払う広さがあった。

彼は・・・ある人々がそうしたか、あるいはそうしつつあるように・・自分の広さを決して宣伝しな
かった。
彼は彼が生きた人生そのものよって自分の広さを示した。
 彼の心には、すべてのキリスト者の学徒の考えることを受け入れる容積があった。
コリントの教会には4つの団体・・・ひとつはパウロ派、ひとつはアポロ派、ひとつはケパ派、ひ
とつはキリスト派があった。
どの団体も信頼に値する指導者があって、その信仰を称揚していた。
パウロは全ての信仰と全ての指導者、彼に属すると感じるように扱うことができた。
多くのリーダーが彼らの用に喜んで役立つ奉仕ができ、すべての信仰はすべての人に属する
富の一部であるのに、なぜ一人の指導者と信仰の孤立した見解に自分を閉じこめるのか?

偉大なアリストテレスは女性を蔑んだ。

パウロは決してそうしなかった。
彼の広い心は女性を入れた。
彼は教会の中で女性に名誉ある席を与えたが、彼自身の心の中においても同様であった。
彼の最善の友、もっとも能力のある助力者の幾人かは女性であった。
 パウロは奴隷を区別しなかった。
彼は彼らを同様に扱った。
彼の心は非常に大きく盗みを働き逃亡した奴隷を彼のもとに受け入れた。
彼には高い地位の者も低い地位の者も全ての階級の人々を入れる余地があった。

「ギリシャ人にも異邦人にも、教育のある人々にも無学の人々にも負い目があります。」と彼は
言った。
彼は全ての階級の人々からよいものを得ることを知っていた。それ故彼はすべての人々にそ
の負い目を払った。
 彼は全ての人種の人々の友であった。
彼の心には人種に対する偏見の痕跡は無かった。
全ての人種の境界は彼の眼中から消え去った。
「ギリシャ人とユダヤ人、割礼と無割礼のあいだに何の隔たりもありません。」というのが彼の
習慣であった。
この人を見よ! 彼は、地上の最も頑固な人種の最も排他的な種族の数多くの最も偏狭な団
体の不寛容な宗教の子ら、人種のうぬぼれと・・・その心の戸は広く開かれ・・・すべての種類と
条件の人々を兄弟として喜んで受け入れた。

パウロの包容力のある心の広がりは、ルカによって記された彼の三つの説教に印象的に表さ
れている。
ルカは、異邦人であるが故に、常にパウロの心の包容性による格別な印象を受けていた。
ピシデヤのアンテオケにおける説教の中で、パウロはキリスト教がユダヤ教をいかに完成させ
たものであるか示している。
預言者たちによって約束された事柄がイエスによって実現したのである。
ユダヤ教徒キリスト教には何の対立もない・・・一方はつぼみであり、他方は花である。

 ルステラにおいて、パウロはジュピター(ゼウス)礼拝について言及している。
彼はルステラの人々が神の顕現を喜んだと思った。

雨と果実の季節に、人間の心と住まいに恵みを与えることによって、神がよいものを与えてい
ることを示した。

パウロの目的は、彼らの心を天と地とその中にある全てのものを創造された神に彼らの心を
向けさせることであった。
ここに再び、彼がこれまでに説教してきた人々の内に既に成就したキリスト教は、啓示の成就
であることが示されている。

 アテネにおいて、パウロは神をギリシャ人の心に啓示する発言をしている。
本当に神は、ある意味で快楽主義者(エピクロス派)たちが教えている世よりも遙かに高く、別
の意味で彼は禁欲主義者(ストア派)たちが主張しているものよりも内在的である。
彼はしばしば詩を通して語り、エピメニデスとアラタスが根本的な宗教上の真理を表現している
と言及している。
しかしパウロは、彼の聴衆にそれより更に先のことを語った。
彼はアテネ人たちがまだ知らない真理を開いて見せた。
彼の教えは、長年の昔から神によって人類に約束されたものの成就である。
パウロの心は遙か遠くまで届き、非常に広かったので、彼はすべての宗教の真理を悟ること
ができ、キリストへの十分な信仰への期待を彼らに示している。
その慈しみ深い広い心とその知的な受容力、他の人々に植え付けられている信仰を寛容に受
け入れることに、彼は続くどの時代のキリスト教の説教者にも手本となっている。

彼が私たちの世代に対しても特別なアピールを持っているのは、その広さによるのである。

その広い精神と広い心によって、彼は私たちの時代の神に油注がれた使者である。

今日の詛いは、狭い精神と偏狭な心である。

人々は、神が彼らになすようにと与えた巨大な仕事をなすにはあまりにも狭い。
私たちは私たちの教会の偏狭さと派閥主義によって不評を被っている。
私たちの理想はあまりにもしばしば局地的で、私たちの望みはしばしば哀れなほど小さい。
成人がしばしば子どものように行動し、教会を扇動する論争と競争も、大部分が発育し損ねた
心の一方的な精神の産物なのである。

私たちはパウロをその大きさの故に必要とする。そして私たちの狭い考えと手段を恥じる。
 私たちは私たちの党派心によって毒されている。
政府は常にその僕たちの狭い心によってハンディキャップを負っている。
人々が他の全ての団体よりも自分の団体を勝利に置くことを強調するため歩みが鈍くなり活
動が止まる。
私たちはパウロの足下に座し、すべての政治的指導者たちは税を納める人々に仕え、全ての
国民が彼ら全ての賜を必要としていることを学ぶべきである。
 私たちは階級闘争によって苦しめられる。
労働者は資本家に敵対し、資本家は労働者に敵対する。
富んでいる人々は貧しい人々を恩着せがましく見下し、貧しい人々は呪いを持って富む人々を
見上げる。
教育のある人々は学校に行かなかった人々とその文化的な無知をあざ笑う。
階級闘争を正義の戦いと説く預言者が前進した。

私たちは再びパウロが私たちに語ることを必要とする・・・「もし一つの部分が苦しめば全て部
分が苦しみ、もしひとつの部分が名誉を得れば全ての部分がそれを喜ぶ。」

私たちは人種の偏見に詛われている。
それらは地獄の火のように人々の血を焦がす。
それらはすべてのキリスト者の土地を熱く焼いた。
私たちは私たちにこう語る教師を必要としている。「ユダヤ人もギリシャ人も関係ありません。
奴隷も自由人も関係ありません。男も女も関係ありません。なぜならあなたがたは全部キリス
ト・イエスにあるのですから。」
 正に文明の存在は、私たちの国民の猜疑と嫌悪によって危険にさらされている。
国々は他の国々を非常に恐れている。それらが彼らの武具を重くしているからである。
愛国心はあまりにしばしば他の国々を嫌悪するよりも小さい。
自国以外の国を好む人は、裏切り者の心をもっていると疑われる。
私たちにはパウロの大きい心の影響による救いが必要である。パウロは全ての階級、すべて
の国民、すべての人種を愛した。なぜならキリストは彼らすべてのために死んだからである。
 それ故これがパウロの広さであって、それが彼を狭くした原因である。
彼の人生は狭かった。なぜなら彼の心が非常に広かったからである。
彼がそのように多くの事柄を拒絶し、無価値なものと数えた理由は、彼が全ての世界に仕えな
ければならなかったからである。
彼は自分の力のすべての1オンスも、説教の仕事の日々のすべての時間も寄せ集めた。それ
は彼がすべての国民にキリストによる神の愛の魅力を語るためであった。

彼は狭い道を歩んだ。それは人類を広い場所に連れ出すためであった。
彼は彼の主人と同様に、受けるべきバプテスマがあり、・・・事が成就するまで・・・困窮し、制約
を受け、閉じ込められなければならなかった。





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