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                第8章 パウロの強さ

 パウロの生涯と手紙を読む読者の最初の印象は、彼の弱さではなく彼の強さである。

彼の弱さは忠実に示されているが人の目を惹かないのである。
私たちの前に立っているのは弱い人ではなく力の人である。
彼はまず、力に溢れる人、不屈の勝利の意志を持った人として私たちに現れる。
彼は女たちをも男たちをも、牢獄あるいは死の判決を言い渡すために法廷に引きたてた。

彼は迫害に倦むことなく、彼らを追って外国の町にまで手を伸ばした。
これがパリサイ人パウロであり、キリスト者パウロも少なからず支配的であることがないわけで
はない。
彼は繰り返し状況を支配し、ルカの伝記の最後のページに、私たちは彼自身が囚人として乗
船していた船の、陰の船長であって、300人ほどの人々が彼の唇にのぼることばを案内として
いる姿を見る。
彼が座しているのは常にテーブルの最上座であった。
 彼の周囲の状況に対する統率力に彼の強さを見る。
弱い人々は起きてくる物事の奴隷である。
彼らは環境によって型に嵌められる。

強い人は置かれている状況を、自分を優位に置くことに用いる。
もし不利な状況であったなら、彼は一層それらすべてを機敏にかつ有効に用いる。
彼はそれらを変え得ないかも知れないが、彼の霊的豊かさに寄与するものにさせるのである。
彼は自分の顔に吹き付ける風の方向を変えることはできなかったが、それを逆境に対抗する
助けとなる刺激とすることによって逃れることができた。

彼が論じていることに対する反対の流れを変えることはできなかったが、その流れとの論争に
よって非常に強められ、望んでいる着地点に達することができた。
彼は置かれている環境から逃れることはできなかったが、それから彼の魂を成長させる栄養
分と育成とを引き出すことができた。
パウロは状況が自分を傷つけあるいは自分に打ち勝つことを決して許容しなかった。
彼が住んでいた世界はなしうる限り彼を押しつぶそうとしたが、それが完全に成功することは
決してなかった。
「苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありま
せん。 迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。」(2
コリント4:8)
これが自分の生涯について勝ち誇った彼の記述である。
彼はどの経験をもより高いステップに登る踏み石として用いた。
彼は費やすすべてのものを富に変えた。
彼がその生涯の中で最も強く失望させられたことは囚人としてローマに行くことであったが、彼
は彼の鎖を、自分を落胆させ、低い所に留まらせるものとすることを許容しなかった。
彼はそれを彼の目的を前進させる道具として用いた。

彼は法によって兵士につながれていて、彼がその兵士から逃れることが出来ないと同様に、そ
の兵士は彼から逃れることはできないのである。
このことは彼に、その兵士にイエスについて語る機会を与えている。
兵士が一人また別のひとりとその任務のためにやってきたので、パウロはほんの数ヶ月の間
に、彼のメッセージを聞いた多数の聴衆を得ることとなった。
新しい宗教の精神は次第にローマ軍人たちの心に浸透していった。
それはパン種のように皇帝の宮殿の中で働いた。

その上彼の鎖はローマのキリスト者への恵の手段となることが証明されていた。
彼らの勇気はパウロがどんなに悩みを忍んだかを見ることによって新にされた。
その鎖は彼らを落ち込ませず、かえって勇気づけた。
彼らはパウロがいかにその鎖を超越しているかを見たとき、彼ら自身の能力のなさを忘れ勝
利者の口調で語りはじめた。
 彼の業を進めるために用いることの出来ない困難も悲哀も無かった。
キリストの精神に反抗する、曲解したメッセージを述べ伝える彼の敵たちの説教さえ、彼に愚
痴を言わせるようなことはなかった。

キリストの名がまだ聞かれたことのない所の人々に伝えられていることを思うと彼は嬉しかっ
た。そしてその名前にすぎないものが好奇心を引き起こし、更なる探求へと導いた。

気の弱い人々は常に何かを恐れており、誰かを真理に引き戻すことはできない。
完成した正当な福音に劣るいかなるものも−−−正当な伝統的な福音は彼ら自身の心にとま
るものである−−−確かにこの世を覆すである。

そのような恐れは弱さの産物である。
パウロは非常に強かったので、彼は人々の愚かさと悪さを平然と眺めることができ、喜びを保
っていた。
彼は、弱さ、辱め、困難、迫害や悩みの中にさえも、あたかもそれらから離れているのと同じよ
うに喜びを持っていると主張した。
それら自体の中には喜ぶべきものは何も見いださなかったが、それらは彼に生きることの長さ
寛さ高さを学ぶ機会を彼に与えたのであった。

弱さは彼に強さの、より深いため池を引き出す機会を彼に与えた。辱めは彼に自制の習慣を
見いだす機会を備えた。悩みは自分自身を知る知識の広い領域に戸を開いた。迫害と難儀は
人々と共にプレーする大きな競技場を彼に提供した。

強い人のみが、通常の人々が苦しみもがくものごとを笑うことができるのである。
マルタ島で、パウロは彼の手にかみついた毒蛇を火の中に振り落とした。
それは彼が常になしていたことである。
致命的なことが彼に次々と起きたが、彼はそれらすべてを払いのけ、彼が傷つかずに立って
いることが、見ていた人々の驚きとなった。
 だれでも征服すべき世界を自分のうちに持ち運んでいる。
弱い人は自分の内にある自分自身に決して打ち勝つことがない。
彼は常に、彼自身の傾向性と感情や自分の気質と気分にとらわれることに苦しめられている。
もし彼が肉体的な欠陥を持っていたら、それらは彼を弱め苦しめたことであろう。
もしそれらが彼に苦しい思いをさせなかったとしたら、彼は苦々しい気質と哀れな傾向性を彼
にもたらしたことであろう。
誰にでも見ることのできるような肉体上の欠陥を、週に7日間保つことは、非常な強さを要求さ
れる。

パウロには肉体上の悩みがあった。
彼はそれを「肉体の棘」と呼んだ。
彼は神にそれを取り除くことを懇願した。
彼はそれを繰り返した。
しかしながらその棘は取り除かれなかった。ある日パウロは、神が彼にそうなることを望まれな
いものがなくともやっていけることを発見した。

それは彼にとって大きな発見であった。
強さというものは弱さを通してやってくるものであり、その弱さが聖職者の力であるという事実
に目を開かれた。
恐らく彼は、人は自身の力の不足を最も強烈に意識する時、永遠者の強烈な力を感じるので
あるということを、はじめて悟ったのである。

彼が自分自身について−−−「私は弱いときに、私は強い。」と言い始めた。
 パウロは気分に左右される人であり、すべての情熱的な天性の持ち主の場合がそうである
ように、彼の気分は海の潮の力のようであった。

たいていの人は自分の気分の奴隷である。
気分はその人にその日のプログラムを指図する。
それらは最も固い決意を打ち破り、彼の意図を完全に消え去らせるのである。
力の人は自分の気分を制御する。
彼は自分がそう感じるから行うのではなく、行う義務であることを行う。
彼は、もし海岸近くを航行することが義務であると感じるときは、帆を回して大胆に海にでてい
くことを避ける。
彼は自分の仕事ではないと感じるとき、仕事をやめ活力を新たにし、より大きな働きのために
計画を取り下げる。
パウロは私たちに、最も彼を滅入らせる気分の一つにどのようにして勝利したかを語ってい
る。
それはコリントにおいてであった。

彼は4つの町を次々と逃げ出さなければならなかった。そして今コリントでも同様の扱いが彼を
待ち受けていた。
コリント人たちは彼を傲慢な嗤いを持って彼を見下した。
彼の心は心配と憂鬱で重くさせられた。

彼は、進路を変えるかあるいはそこもあきらめようという衝動を感じた。しかしその衝動は制御
され、制圧された。
彼はただちにイエスは約束された救い主であると宣言することに意を決した。

彼は、ユダヤ人の敵意を目覚めさせ、ギリシャ人の軽蔑を買うイエスの苦難と恥ずかしめを受
けた死を、強調し続ける決意を深くした。

だらしのない性格の人々は批判されることに臆病で、反対されると熱意が冷めてしまうであろ
う。
力の人々は、たじろいだり逃げ去ったりしない。
パウロは批評に敏感であった。そして彼は人々の良い意見を望んだ。しかし彼はコリントの会
衆の好みに従って彼のスタイルを変えるつもりはなかった。
彼はギリシャの学徒のいかなる流儀も採用しようとはしなかった。
彼は修辞法や雄弁のトリックを用いて、彼の聴衆の弱みにつけ込むことはしなかった。
彼は、たとえそれが彼に称揚をもたらすものであっても、刻み磨き上げた説教の魅力に頼るこ
とは望まなかった。
彼は、神が彼に語ることを望んでおられると思うものごとを、単純明確に話すことを続けようと
した。
講壇に立つ弱い人は、学んだことをすぐ明らかにする誘惑に負ける。
少なからぬ人々が学者風に説教することによって滅んだ。

もし誰かが、教養があり社会的に高い地位を占めている人々に認められようとしてうずうずし
ているなら、そしてそのために説教を粉飾したり弱めたりしたら、その人は賢いというお世辞を
勝ち取るかも知れないが、強い人のリストからは確実に漏れるのである。
パウロは、美辞麗句の表現を愛する俗人たちの要求に捉えられている人にはあまりにも強か
った。

彼は外面的な批評のコメントを聞き流し、勝ち誇って己の道をいった。

批評がそこに留まっている人を講壇から追い払うことは決してない。
 しかし人の強さは、彼の敵によってではなく、彼の友によってもっとも強く試される。
多くの人々が、彼の敵以上に彼の友によって滅んだ。
自分の友の感情を傷つけることや、期待を裏切ることや、彼らが同意できない行動の道を進
むことは、感じやすい人の深い落胆の原因となる。

それは誰かがその友たちに反対して立つことに、すべての力を結集できることを求めている。
パウロは彼の回心者たちを献身的に愛した。
彼は友を愛することにおいて天才であって、深い感情をあらわすとき何ものにも動かされなか
った。
エルサレムの貧しいキリスト者たちのために集めたお金を持って出発したとき、彼の友たちは
行かないように彼にせがんだ。
彼らは訪問先で待ち受けている危険を指摘した。 
彼らは暗い色を持って確実に起こるであろう出来事を描いた。
彼らは反対を繰り返し、もっとも深い愛の表現を持って彼をとどめようとしたが、彼は決意を翻
すことはなかった。
パウロはそれを彼の義務と感じていた。であるから誰も彼を道からそらさせることはできなかっ
たのである。

彼は自分にエルサレムで何が起こるかは知らないことを、ミレトで友人たち対して認めた。そし
てもう二度と彼らの顔を見ることはないであろうと彼らに言った。彼は頬に涙したが、彼の顔を
固くエルサレムに向けていた。

どの町においてもエルサレムで入牢と悩みが彼を待ち受けていることを証しされた。しかしこれ
らの預言も彼が引き返す理由とはならなかった。

彼のただ一つの願いは自分のいのちを長引かせることではなく、自分の使命を成就することで
あった。そして彼の使命はエルサレムにお金を届けること無しには終わらないのであった。
彼の意志の堅さは尋常ではなかった。
彼がカイザリヤに着いたとき、その反対はさらに熱心執拗であったが、それらによってなにも
得なかった。
彼らはなし得る限り彼の心を動揺させようとしたが、パウロの決意を弱めることはなかった。
ルカが彼に行かないよう懇願した人々の仲間に加わった時クライマックスに達した。
パウロはルカの眼に涙を見、その唇から懇願のことばを聞いたとき、彼の心は悩みにふるえ、
言った。−−−「そんな方法で泣くことによって何をしようとしているのですか?あなたがたは
私の心をくじいていることが分からないのですか?」(使徒21:13)
その後は、もう語るべきことばは何もなかった。
馬が調達され、最後の段階であるエルサレムへの旅は出発された。
イエスがエルサレムに行く途上ペテロを一蹴したのと同じように、パウロは彼に献身的であっ
た友ルカを退けた。
二人とも受けるべきバプテスマを持っており、それが完了するまで困らされた。

 それこそが人の強さが顕される嵐のときである。
パウロはそのキリスト者としての生涯を、常に嵐のまっただ中に生きた。
神の教会は多くの台風に吹き晒される。しかし使徒の教会の基礎を揺り動かす議論以上に大
きな障害はない。

イエスの宗教を異邦人の世界に示しているこの使徒は、かつてこの問いに直面した。−−「ユ
ダヤ教とキリスト教との関係は何か?」

ユダヤ教はその宗教の聖典、神聖な制度、聖なる律法を持っている。
ユダヤ人キリスト者が、これらによって行わなければならないものは何か?
そして異邦人キリスト者がそれらによって行わなければならないものは何か? 
誰かがキリスト者になったとき。彼はながくモーセの規定に縛られるのか?
イエスはモーセを取り除かれるのか?
例えば、割礼は永久に続けるべきものなのであろうか?
創世記はそれが神によって命令されたという。

イエスはその戒めを廃棄されなかった。
反対にイエスは律法の書のひとかけらも凡てが完了するまで過ぎ去ることはないと宣言され
た。

では割礼は救いに無くてはならないことなのか?

異邦人の改宗者は割礼を受けなければならないのか?
モーセの律法に従うことなくキリスト者に相応しいものとなれるのか?
もしもユダヤの大きな祭とレビ的な神の式典が神に命じられたものであったら、神を喜ばせよ
うと願うすべての人々がこれを守ってはいけないものなのか?
 そのような疑問のすべてに、確かに善い人々の間に意見の相違がある。

イエスの弟子となった多くのユダヤ人たちが、彼らの情緒と行為に織りこまれている、その生
活に慣れ親しんだ伝統と慣習を、直ちに捨てることはできなかった。

彼らがそれを遵守することは非常に有益であると思えたので、他の人々にもそうであろうと考
えたのはまことに自然であった。
もしユダヤ教の儀式が神によって定められたユダヤ人の魂に有益なものであったら、なぜ同じ
儀式が異邦人の魂にも同様に救いとならないことがあろうか?
異邦人の兄弟たちに、彼に豊かな祝福をもたらした規定を、自分たちとおなじく守るよう強調す
ることは義務なのではないか?

 しかしもうひとつの見解があった。パウロにとってはそちらの見解が正しいものであった。
パウロは考えた−−宗教は、律法に服従することではなく、イエス・キリストとの個人的関係で
ある。
割礼に永遠に拘束力があるのではない。
ユダヤ教の祭りはいつまでも続く義務ではない。

レビ的な規定はすべての世代に対するものではない。
宗教は儀式にではなく魂にあり、教義に同意することではなく、決められていた習慣を守ること
でなく、生きるべき命である。
キリストの宗教の神髄は儀式ではない。

人は団体や律法に服従することによってではなく、その心に神のいのちを持つことによって宗
教をなすべきである。
キリストにある新しい人になるやいなや、その人はモーセの束縛のくびきから解放されて自由
になる。
 正に教会のいのちを絶やしてしまうかもしれない大きな論争の中で、パウロは自由の擁護者
として前面に立った。

「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがた
は、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。」(ガラテヤ5:1)
これが彼の長い戦いの合い言葉であった。

彼の自由への献身は彼を戦士とした。
彼は常に守備を固めていた−−−常に新たな攻撃に対し、彼自身を守った。
同様に彼は常に積極的であり、キリスト教を儀式主義や律法主義に引き入れようとの画策に
対し、強烈な打撃を加えた。

頑強な精神の持ち主のみが、内外にそのような反対に直面する中で、そのすべての重要な原
理を遂行できたのであった。

パウロは他の人々の感受性に敏感であった。

彼はキリストのために彼らを勝ち取るためにすべての人々のすべてのものごとに順応する習
慣があった。
彼は無意味な攻撃は決してしなかった。
彼はエルサレム教会の明らかな反対に、自分が曝されないよう骨折った。
彼は平和の繋ぎの精神による一致を保つためにベストを尽くした。
しかし彼は基本的な原理を放棄するように導かれることは決してできなかった。
多くの善い人々が平和のために多く譲歩している。彼らはほとんどすべてのことを許容してしま
うであろう。
善のためあるいは善を目的として、かれらはほとんどどんな妥協にも応じようとする。
他の人々の感情を受け入れるために、そして後退や破壊の危険を避けるために、彼らは彼ら
の原理的なことと引き替えに、次の世代がそれから逃れ出るために高い代価を払わなければ
ならない混乱した世を得るのである。

それは真面目で決断力があるが、しかしながら心が悪く己の道を行く人々を受け入れること
は、平静を保つことに貢献する。
宗教を低いレベルに陥れる誤った概念から救い、人々のよい意図を保つことができるのは特
別に強い人々だけである。
教会は、悪い人々の強さ以上に、善い人々の弱さに悩まされ続けてきた。
 パウロは全キリスト教が危機に瀕している未来を見通し、それ故、ユダヤ主義との対立に自
分自身の天性に生じうる限りの全力を投じた。


彼のガラテヤ人への手紙が彼の強さの印象的な顕れである。
その手紙は雷の束である。
彼らを打ち叩き投げ飛ばすジュピター(ギリシャ神話のゼウスのローマ人の呼び名)タイプの人
物である。
彼はガラテヤ人たちにエルサレムで自分が以前になしたことを語った。
彼は、ギリシャ人の改宗者テトスに割礼を強いなかった。
偉大な影響力を持った人々はそれを指摘し、そしてそのために起こるであろうことを指摘した。
「その命題に僅かでも所を得させたことがあったであろうか、いやただの一時間もない。」
「一時間もない」とは日時計を用いた時代の用語である。
時計を用いる私たちはこういう、「一分もない」とか「一秒もない」と。
パウロはテトスに割礼を施そうという提案を直ちに拒否した。
彼はその考えに鼻も引っかけなかった。
彼は保守主義の温床であるエルサレムにいた。

彼は彼がかつてそうであったのと同じまじめで−−敬虔に熱心な−−人々に囲まれていた。
彼らにとってはテトスが割礼を受けていないことはスキャンダルであった。

このギリシャ人に割礼を施すことは容易いことに思われた。
彼の割礼はどさくさに対する潤滑材となるであろう。
エルサレムには割礼派の側の高い権威者がいた。しかしパウロはすべての権威者たちを一掃
した。

偉大なとか高い席に座っている人だからといって、他の人々はその見解に同意することに縛ら
れ従いはしない。
ヤコブと全エルサレム教会は、パウロがその見解を保っているまま、彼について決定を下し
た。
彼は、時には鑞のように柔らかであったが、基本的なことがらについては火打ち石のようであ
った。
キリストは人々を自由にするために死んだ。その自由を保つために、パウロには最後の塹壕
で戦う備えがあった。
  その戦いはエルサレムにおいてのみでなく、アンテオケにおいても同様に戦われた。
自由主義者のこの席においてさえ、キリストが人々を自由にしたその自由のために戦う必要が
あった。
ユダヤ主義者たちはどこにでも行った。
彼らはよく語りもっともらしかった。
彼らは町から町へとパウロの行く先々につきまとった。
彼らはすべての会衆に不信の種を蒔いた。

彼らはなし得る限りを尽くしてパウロの業を覆した。
彼らは、アンテオケにおいてペテロ自身がその納得に生き続けようとしないほどの影響力を与
えたのであった。
バルナバさえ屈服してしまった。
パウロは彼ら全員に対抗して立っていた!!
二つのキリスト教の首都において、キリスト教を、ユダヤ教を改訂した姿にしょうとするすべて
の人々に、心ふるえる見解を彼は果敢に述べた。

彼はすべての世代に対し、宗教は儀式にあるのではなく、心のことがらであると宣言した。

人はキリストにあるとき新しく創造されたのである。その人はキリストにあって新しく創造された
ものとなるやいなや自由である。
巨大な力の人のみが人類のためにこの勝利を勝ち取ることができたのである。
それがキリスト教を世界的なものとし究極の宗教としたのである。






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