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               第7章 パウロの弱さ

パウロには自分の弱さを告白する心の備えが常にあったのに、なぜそれを覆おうとするの
か?
パウロは最も包み隠したりしない人物のひとりであった。
彼は常に自らのことを話した。
彼は自らの魂の奥底を、子どものように率直にあからさまにした。
彼はしばしばおびえたが、自らそれを認めていた。
彼はしばしば落胆したが、それを隠さなかった。

時には勇気を失ったが、残念がらずにそれを明らかにした。
一度ならず途方に暮れ惨めであった。彼はそれを伝えることの可能な全教会にすべて書き送
った。
使徒の霊感について語るとき、彼がしばしば意気消沈していたことを全世界に喜んで知らせた
ことが一つの姿であることを覚えていなければならない。

彼は、彼の先祖たちが荒野でした経験は、彼らに続くすべての人々に対する警告と教訓とを完
成した貴重なものであると確信していた。
つまりパウロの弱さは、励ましを必要とするすべての人々に対する啓示の手段となるのであろ
う。
まだ会ったことのないローマ人たちに対して、パウロは臆することなく彼がキリスト者となった時
の彼の心の奥底を明らかにした。
それは彼にとって屈辱の物語なのだが、彼はそれを話した。
彼はそれをいつも自分は挫折したという意味で語った。
彼は癒しがたい意志の弱さに苦しんだ。
彼の書いた一文は、一般の人々の代表的な経験の表現となった。

「私には、自分のしていることがわかりません。私は自分がしたいと思うことをしているのでは
なく、自分が憎むことを行なっているからです。(ローマ7:15)
私は正しいことを知っています。しかし、それを行いません。
私はそれを行う強さを持ち合わせていません。
私は律法を知っています。しかし、律法は私に力を与えません。
低い次元の自分と高い次元の自分との間に軋轢があります。
低い次元の私が、多く勝利します。
私は逃れることのできない束縛にきつく縛られています。
私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるので
しょうか。」
イエスは彼を自責の念から救い出された。

キリスト者となったとき、パウロは奴隷の感覚を止め、子としての感覚を持った。
神は彼の父であり、パウロは神の子であった。
彼は神の家族の一員となった。しかし多くの子どもの不完全さと弱さを持っていた。

初期の苦闘は去った。しかし、それとは違うさらに高いレベルの困難があった。

パウロは感じやすい天性の持ち主であった。
彼は常に臆した。
彼は危険から尻込みした。
彼は痛みがあるとき辟易した。
人々の嫌悪と非難は彼をずたずたに引き裂いた。
コリントにおいて彼が仕事を始めたとき、彼は精神的に落ち込んでいた。

彼自身のことばを用いるなら、彼は「弱さと恐れと非常な戦慄」の中でそれをはじめたのであっ
た。
先の数週間、雨のように浴びせられた打撃によって、彼は精も根も尽き果てた。

彼のヨーロッパ到着以来、彼の生活はどの段階においても苦しめと命の危険に晒されていた。
ピリピで、彼はむち打たれ牢に入れられた。それからローマの役人によって町を立ち去るよう
に命じられた。
テサロニケから彼は熱狂し殺意に燃えた群衆によって追い出された。
彼はベレアから去ることを余儀なくされた。その理由はそこの暴漢たちが彼の存在を怒ったか
らであった。そして彼はアテネでその町の知識人のリーダーたちに笑いものにされた。
彼は意気消沈した信用のおけない人物としてコリントにきた。
彼はいつも非常な危険に晒されていたため彼はいつも身震いしていた。
コリントにおける彼の仕事は不幸を招いた。
彼は会堂を去り個人の家で集会をしなければならなかった。
彼のコリントでの悲しむべき経験は他のどこにおいても繰り返されたように見える。
彼は仕事に出かけたが、ひどく落ち込まざるを得なかった。そしてこれらの憂鬱な日々の記憶
は彼に長くとどまった。

コリントはパウロに意気消沈をもたらしたただ一つの場所ではなかった。
彼はコリント人たちに彼がコリント二回目の訪問に来る途中、マケドニアで通過した経験を説
明している。
彼はトロアスについたとき、そこでは彼が宣べ伝える素晴らしい機会が提供されていたのであ
ったが、彼は自分の仕事に心を用いることができず、そこでは何もできなかったと述べている。

彼の悩みの原因は、テトスが来ることができなかったことであった。
そうしてトロアスを去り、パウロはマケドニヤに入っていった。しかし、環境の変化はなんの安
息ももたらさなかった。
彼の廻りにはすべて論争があり、彼の心は心配事に満ちていた。
彼の魂は憂鬱な予感に圧迫された。
恐ろしい想像が彼の勇気を奪うように迫った。
彼はテトスがコリントの喜ばしいニュースを携えて再び到着するまで自分を見失っていた。
そのような気分に陥ったことは、恐らく希ではなかったであろう。
彼はコリント人たちに彼のアジア地方でのもう一つの経験を語っている。
彼がそこで陥った不幸なできごとがどのようなものであったか説明しなかった。しかし彼はその
生き生きとしたことばで彼自身のコンディションを描いた。
彼は自分が押しつぶされていたと述べている。
更に彼は立ち上がれないほどであったと。
彼は自分が死ぬと思った。
彼はそれを実感したのであった。
最後の望みの綱は切れてしまった。
他の多くの人々と同様に、意気消沈した時に、彼は墓以外の何も考えることができなかった。

彼は如何に自分が弱い者であるかということを十分に悟った。
ある日彼に与えられた神の霊感について強調した後、彼は付け加えた。−−−「私たちは、こ
の宝を、土の器の中に入れているのです。」(2コリント4:7)
彼は正に人間であったが、それを十分に悟ったのであった。
彼の感受性は彼の生涯をまじめなものとし、ときには耐え難いほど重いものとした。
彼は多くの人々が感じる以上にするどく痛みを感じた。
彼のいたみは粗野な人々が感じるよりはるかに強烈であった。

彼には自分が通過した困難を回想する習慣があった。
彼がそうなったのは、それらの困難が彼の上に深い傷を残したからであった。
「私たちはどこにおいても圧迫され、悩まされ、追われ、打たれている。」
(2コリント1:8)
それが彼がコリント人たちに書いた彼の生活の様子であった。
晩年になっても、彼がずっと以前にした、アンテオケ、イコニオム、スルテラへの最初の伝道旅
行において悩まされた事柄を、まだ思いめぐらしていた。
正に彼の最後の手紙で、それらが彼の心にはいまだなお鮮かであることを語っている。

これらの迫害は、なんと恐るべき迫害であったことか!
彼はどうしてそれを忘れ得ようか?
彼のことばから、彼がふるえ、すくんでいることを感じ取ることができる。

パウロは世の英雄たちの間に列っされている。そして私たちは英雄は犠牲を恐れないと思い
がちである。
私たちがイメージする英雄は勇敢の人であって、勇敢な人は恐れを知らない。
それは英雄に関する私たちの無知さを示している。
英雄は恐れにふるえることの決してない人物ではなく、恐れ、その恐れに打ち勝つ人である。
パウロは自分がおののいたことを明らかにすることを恥じなかった。
それを告白することによって、勇気を評価できるすべて人々が見積もっている彼の姿に1キュ
ビトを増し加えた。

多くの人々が、彼が臆病に感じていることを認めることに、非常に気後れしている。
パウロは何も隠さなかった。

彼は彼の友ルカに神の助け無しには決してできなかったと語っている。
ルカは彼の伝記にこの神の助けに関する三つの事例を示している。
かつてコリントでパウロの魂が不調であったとき、その夜主は彼に幻の中で言われた。

「恐れるな。パウロよ。
語るために立ち上がりなさい。あなたを害する者は誰もいないから。」(使徒18:10)
私たちはパウロに語られたことばから、パウロのコンディションを読み取ることができる。
彼の勇気は失せつつあった。
「恐れるな。」と主は言われた。
彼はやり続けることが価値あることか否かいぶかっていた。
「続けなさい!」と主は言われた。
彼は自分を罠にかけ殺そうとしているユダヤ人たちを恐れていた。
「あなたを害する人は誰もいない。」と主は言われた。
その夜パウロは、自分の恐れには根拠がなく、コリントでなすべき彼の仕事がまだあることを
悟った。

彼はエルサレムで議会の審問のあったその前夜にも同様の経験をしていた。

世の中は再び暗くなった。
どこにも光がなかった。
ローマを見るというパウロの夢と計画は粉々に粉砕された。
彼はエルサレム城の獄舎にいる囚人であった。

ローマへのどの道も閉ざされていた。
彼の敵たちはついに完全に彼らの力の範囲に彼を捕らえていた。
非常に多くの主の僕たちがたどった道であるという感覚をもって、パウロはエリヤのようにえに
しだの木の下で伏していた。
そこには絶望の深さがあった一方で、彼に語る小さな声があった−−−「元気をだしなさい。
パウロよ。
あなたはローマでわたしの証人となろうとしているのだから。」
私たちは、主が彼に語ったことばに報じられているパウロの精神状態を常に読み取ることがで
きる。
神は常に私たちの必要に応じて語られる。
神が「勇敢でありなさい!」と言われるときは、私たちの恐れが私たちに打ち勝っているときだ
からである。
もし神が「元気をだしなさい!」と言われるなら、私たちが深い憂鬱に陥っているからである。
神が「あなたは必ずローマに行く」と言われるとき、私たちが待ち望んだ町を見ることに対する
期待を完全に諦めたときである。 パウロは彼が城の中の一室に、いかに望み無くいたかルカ
に語ることを恥じなかった。
しかし彼は失望のなかにあって、新鮮な勇気の感情が彼の魂に押し寄せてきた。
その感情は神以外の誰が創造できようか?

パウロは繰り返し救い出される必要があった。

彼が繰り返し遭遇した状況は、私たちのうちの残りの人であるかのように、彼にとってあまりに
も過酷であった。
敬虔な人々が好んで絵に描く、不動の半分神である人ではなかった。
例えば船の遭難のとき、彼は正に普通の人々と同じに感じていた。
海の底に沈んでしまいそうな船上でまったく快適に感じる人はいない。
そのような危機において、人の心は、永遠に完成しないまま残るであろうすべての計画の上を
急速に走るのである。

人は誰でも計画と期待の一束みたいなものであるが、死に直面するとき、彼がなそうとしたこ
と、こうあろうと望んで握りしめていたことを、ただちに放してしまうのである。
いかなる英雄であっても真の聖人であっても関係なく、ハリケーンに追われ、どこに進むのか
わからない、空には昼に太陽も夜に星もなく、船を軽くするために必要であれば全ての積み荷
を投げ捨て、ついには船具そのものも投げ捨てた船の甲板で、望みの火を燃やすことができ
る人は誰もいない。

ルカが「私たちが助かるかも知れないというすべての望みは、今はもう取り去られた」と書いた
とき、彼は自分自身をもパウロをも望み無き仲間に含めた。
パウロは他の人々同様恐れに沈んだ。

しかし神が彼を救いに来られた。
その夜押さえることのできない納得が彼の魂のうちに生じた。
パウロはそれを神の使者と呼んだ。
その声は言った。「恐れるな。あなたは皇帝の前に立とうとしている。」
毎日、パウロは自分自身に語った。「私にローマはない。」
そのとき遂に全体像が突然明らかになった。

それは神の業である。
彼は勇敢な人であったが、荒れる海、暗い空が14日も続き、太陽も星も見えず、神の助けも
なく、ハリケーンに翻弄される舵のない船の上で、救いの望みを保っているほど強くはなかっ
た。

イエスは嵐の中で眠ることができた。

パウロはテサロニケ人たちへ彼のための祈りを依頼したとき、自分も他の弱さを告白してい
る。

彼は使徒であったが、彼のために祈りつづける卑しい男女の助けなしに、彼の業を十分にな
すことができるほど強くなかった。

彼は勿論自分でも祈ったが、彼自身の祈りだけでは不十分であった。
彼の業は彼の能力をはるかに超えていた。それは神の恵みによって開かれているチャンネル
を通じて他の人々が彼を助けたからであった。

彼はエペソ人たちに、自分の口が大胆に開かれるように、自分の為に祈るよう請い求めた。
誰かの口が大胆に開かれることと、おどおどしながら、弁解して、弱々しく語ることとの間には
大きな開きがある。
なにかをささやいて語ることと、唇にラッパを置き、悪いこころを持った人々の階層全体の激怒
を巻き起こす風を吹かすこととは、はるかに違っている。
大胆に語る人々だけが、彼らの世代の生き方に凹みをつけることができる。
ラッパを吹かない人で導くことができる人はいない。
パウロが語るべきことを大胆に語れるように祈ることを求めたことは、私たちの上に驚きのショ
ックをあたえる。
彼はしばしば控えめに話し、これらの怒らせるであろう真相を差し控え、確実に批判をかきた
てる議論や誤解を引き起こすものを語るのにトーンダウンし、非難の矛先を削除したり、悪い
習慣や誤った理念を責める熱意を減じるよう試みられなかっただろうか?

もちろん彼は試みられた。
使徒といえどもしばしば試みられる。
パウロはエペソ人たちに対するこの要望の中で、彼が彼のメッセージを時折トーンダウンする
よう試みられていると告白している。

彼が大胆に口を開き、世界に対し完全に自由にキリストの復活に関するすべての真理を宣言
することは非常に困難であって、すべての回心者に彼の助けとなってくれるよう求めることが必
要であった。
全ての教会が、パウロの口が大胆に開かれるのに十分パウロを強くするために、ひざまづい
て祈らなければならなかった。

パウロが若いときから関わった戦いは、違った形で生涯続いた。
いかに過酷な戦いであったか、彼が述べている姿が指し示している。
彼はそれを運動競技になぞらえているが、それに勝つためには力と技との両方が不可欠なの
である。

パウロはコリント人たちに彼の生活は戦いであると語った。そして彼は常に戦っていると。

彼はやみくもに空を打つようなことはしなかった。彼は、敵対する者すなわち彼自身の低い姿
に、しっかりと目を向けていた。
私たちの改訳聖書のことばで「私は自分の体を打ち叩いている」と彼は言う。「打ち叩く」という
語はパウロが世界を正すというのではない。

彼が述べたことは−−−「私は私の体に<打ち傷をつける>。私は非常に強く打つので私に
あざができる。」という意味である。
彼は彼自身それを身につけることに決めていた。というのは彼はいかにして神の同意を勝ち
取るか自分が誰かに述べた後に自分自身がそれを拒絶するかも知れないという恐れにまとわ
れたからである。
これは弱さを鋭く意識したことばである。

彼の霊的な弱さに従って、肉体上の不具合を生じたことは、私たちの知るところである。

彼は驚くべき壮健な体を持っていた。しかし他の強い人と同様に、病気にかからないのではな
かった。
不幸にもしばしば彼の病気が彼の業を阻害した。

ある時、それは私たちに知らされていることであるが、彼のすべての計画を祭壇に載せること
を余儀なくされた。
それはある肉体的な悩みの故であって、彼はそれを除かれることを願ったことをガラテヤ人た
ちへの説教の中で指摘している。
しかし彼の肉体的な煩いは彼にとってハンディキャップではなく、それは彼の助けであった。
ガラテヤ人たちは彼に深く同情したため、彼らの心は彼に影響され彼を尊敬するに至った。
彼らはパウロのメッセージを神の使者からのものと認めた。
このように彼の弱さは彼を強くした。

彼の肉体的な弱さがガラテヤ人たちを彼に近づけたのと同様に、彼の霊的な弱さは私たちを
彼に近づける。

「予定」と「予知」に関して穏やかに説明するパウロは、神が哲学のオリンパス山に座している
のに似ている。
私たちは彼のいるところにゆくことができない。
私たちは、彼が私たちの弱さの感覚に触れることを感じることができない。
しかしパウロは非常に悪く驚かされてふるえ、彼の感情が覆されたために彼の業に心を向け
ることができなかった。泥沼に陥り神が引き上げて下さるまでそこでもがいた。すっかり勇気を
失って彼は死につつあると神経が高ぶった。法廷では全く平静を失った。彼の動悸は私たちを
助ける。それは私たちがまことに彼は私たちの兄弟であると感じるからである。

私たちは神の託宣をのべる人物を仲間として必要としない。
私たちをもっとも助ける人は、哲学者ではなく友である。
私たちは聖人を必要としているが、それは中世風の聖人ではなく、新約聖書の語の意味での
聖人であって、神に献身した人、高い召命の価値ある生涯にあって、多くの失敗や不首尾のま
っただ中で大胆に正直にもがく人である。

恐れの苦悩を感じつつそれに打ち勝つ人、失望の穴に陥っても再び登ってくる人、打ち負かさ
れて勇気を失うことがあってもまったく打ちのめされることが無い人、つねに訓練と矯正に応じ
る天性を持ち、勝って冠を得るまで善い戦いを戦う人によって、この世は永遠に勇気づけられ
る必要がある。

彼の落胆と憂鬱さ、暗い前兆と荒涼とした想像、心の落ち込みと孤独の時期、失望の時の苦
しさ、勇気を失った苦悩、彼の悩み、徘徊、格闘とあがきにおいて、彼は真に私たちの兄弟で
ある。

イエスは決してそのようなことには陥らなかった。
イエスは私たちの前を歩んだ。
パウロは倒れた。
パウロは私たちの側を歩んでいる。





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