chapter05

              第5章 パウロの真実

彼は真実であるだろうか?
それが、道徳の指導者として立つ人物に対する私たちの第一の質問である。
彼は真実を語っているか?
彼が語ったことはどういう意味であったか?
彼の動機は本当にそのように見える通りであったか?
彼は正直であるか?
彼は信頼に値したか?
もしも彼が中身の空な心の持ち主であったら、私たちは彼の語ることを聞かないであろう。
私たちは詐欺師のために費やす時間を持っていない。
それが、私たちがそうだと思う第一の事柄である。
私たちは彼の見識への疑念、彼の判断への不信、彼の意見の正しさに関する懐疑、敵対する
人々に対する彼の公正さへの疑い、そして彼の論理のプロセスに関する信任の欠如について
疑問を呈するかも知れない。しかし私たちは彼の真実さを疑うことはできない。
彼は手紙によって私たちに非常に近い人となった。そのような点に立てば私たちは誤ることが
ない。
歴史、科学、技術の表向きの論述においては、人は彼が成したものごとに隠れることができ
る。しか親密な関係の手紙では、その人の全人間性が前面にいきいきと表される。
誰かが自分にも友人にとっても致命的に重要な事柄をその友人に書いているとき、詐欺師を
演じることはできない。

それは自然の理に反する。
教師が生徒に、彼らが学んだことあるいはこれから学ばなければならないことに関して書いて
いるとき、その教師はそのことと同時になにか他の意味のことをいうことはできない。
それは人間の天性に矛盾していることは私たちのよく知っていることである。
パウロの手紙は非常に直裁的であって、学究的ではなく自然であり、それが彼の実際の姿を
明らかにする。
彼の手紙は真実を鳴り響かせる。
座してそれらを読み通し、一人の悪人の敬虔な黙想録を読んだと感じる人はいない。

彼の高潔さは、偽りの父でさえ欺くことはできないほど顕著である。
 パウロは自分が真実であるとの生き生きとした意識をもっていた。そして常にそれを主張し
た。なぜならそのことが非常にたびたび攻撃されたからであった。
彼はゆくところどこにおいても、彼を嘘つきとしようとする人々がいた。
このことが彼を性急にさせた。
自分の語り行うことが偽善であるとほのめかされることほど良心的な人物にとって痛いことは
ない。
パウロは若いときから、強烈に良心的であった。
彼は良心的なキリスト者になる前は、良心的なパリサイ派であった。
神と人とに対して咎めのない良心を保つために、彼は厳格な訓練のもとに身を置いた。
これが彼の全生涯の原則であった。
彼がキリスト者たちを迫害したとき、彼はそれをなすべきことであると信じたから実行した。そし
てキリスト者となったいま、彼はなすべきことと信じることを行っていると述べている。

イエスを宣べ伝えるにあたり、彼は天から示された幻に忠実であった。そして「もしそれを行わ
なければ、私は呪われている。」と叫んだ。
彼の途絶えることのない努力は、自分の良心を潔く保つことであって、それが彼の喜びの源で
あった。−−それゆえ彼はコリント人たちにこう書いた−−コリントにおいて私が行ったことが
私の良心を明らかにしていると。
パウロはテモテに善い良心をしっかり保つように強調した。そして彼に対して、偽りを述べる
人々は、「彼らの良心は、熱い焼き金で焼かれて麻痺しているのである」と警告した。
サンヒドリンの議員たちの前で彼が誇ったことは、今日に至るまで自分は全生涯を神の前に善
い良心を保ったということであった。
  私たちは今、パウロの教えであっても、彼の品性に光を投じるもの以外には興味を持って
いない。
正直ではない人も正直を称え、自分が実行できない徳を称揚することができる。

けれども、彼が教える方法によって、真理に動かされる熱心と忍耐深さとによって、彼がそこに
戻ってくる頻度によって、彼の魂に燃える火によって、人の品性を知ることができる。

パウロがコロサイ人たちに「お互いに偽りを言ってはなりません。」と言ったとき、私たちは彼そ
のような情熱を持って彼の心の最奥の表現をしたことは確かである。
彼はエペソに長期滞在し、偽りをいう人々の町であることを知った。それで彼はエペソの回心
者たちに書き送り、偽りを捨て、互いに真実を語るようたびたび強調した。

私たちは有機的に一体なのだから、人々が真実でないなら、個人の品性が道徳上の欺瞞によ
って粉々になるだけでなく、社会そのものが破滅する、とパウロは教えた。

ある人が偽りの恐るべき結果をそのように明確に見、その罪深いことを強調しながら、同時に
その人が不正直な心の人であるとは、なんと信じがたいことであろうか!
そしてこれが、パウロがキリスト者としての生涯全体を通じて嫌疑をかけられた罪であった。
 それを否定している彼の声を聞くことには心が痛む。   
ローマ人たちに彼はこう書いている。「私はあなた方に真実を語ります。」「私の民の不信のゆ
えに私が絶えず苦悩していることをあなたがたに証しするとき、私はなにひとつ偽りを述べては
いません。」
ガラテヤ人たちには、−−−「私があなた方に書いたことは真実であって、神の前にあって私
は偽っていません。(ガラテヤ1:20)」−−−と書いている。
彼は繰り返し誓っている。
コリント人への手紙に彼の驚くべき困難の記録を話しているが、彼はこう付け加える。「私がう
そを言っていないことは、神がご存じです。」(2コリント11:31)
そのような話はまったく架空に聞こえた。そしてコリントの人々のなかにそれを作り話だという
人々がいるのを彼は知っていたので、彼が語ることは真実であることを神が証しして下さると
叫ばずにはいられないと感じたのである。
テモテにさえも彼はこう書いた。「私は異邦人の教師に任命され、真実を語っており、私が口を
ひらくとき、偽りを述べていません。」(1テモテ2:7)
彼は「私は嘘を言ってはいません。」と言うことが習慣になっていたように見える。なぜなら彼は
常に誰かが彼のことばの信用を失わせようとされている恐れにとりつかれていたからである。

それは彼が忍ばなければならない十字架のひとつであった。
彼は絶えず彼が語っていることに対する保証を神に求めている。
彼がテサロニケ人たちに自分はお世辞など言っていないと述べたとき、彼は神が証人であると
した。そしてローマ人に彼の祈りの中で覚えていると述べたとき、彼は再び神を証人とした。

コリント人たちになぜ彼らに会いに行けなかったか語ったとき、彼は直ちに神を証人とすること
に立ち返った。
彼はこのことをし過ぎた。
彼がそれを赦される事情は、ただ彼が疑いに毒された雰囲気に生き続けたことであって、彼の
ことばが真実ではないと曲解されることに彼の敏感な魂は苦悩したことである。
彼がコリント人たちにこういっていることを聞くことは気の毒である。−−「私たちは、だれにも
不正をしたことがなく、だれをもそこなったことがなく、だれからも利をむさぼったことがありませ
ん。」(2コリント7:12)
あなたがたのところに遣わした人たちのうちのだれによって、私があなたがたを欺くようなこと
があったでしょうか。(2コリント12:17)?」
 パウロにとって、イエスは真理の化身であった。
神はキリストにあって世をご自分と和解させなさった。
パウロはイエスの僕であった。
パウロの地位は全てイエスから与えられた。
イエスのように生きることが彼の心の奥底の願いであった。
パウロはイエスが偽善者たちをどのように思われたか知っていた。 イエスの口には罪がなか
った。

真理を証しするためにイエスは世に使者を送った。
パウロはイエスの大使であった。
彼の魂のうちにイエスの像をできる限り速やかに再現することがパウロの使命であった。
そのような人物の確信が揺らいで、年を経るにつれてこのことを信じ、また別のことを信じたと
することは、健全な心の人が思い描くにはあまりにもばかげた想定である。

全てのものがパウロの真実を指し示している。
しかし私たちには本人の主張以上に、その人の高潔さの証拠が必要である。
そしてその証拠を、パウロは豊かに提供している。
彼の人生のありかたが彼の職業に関する真実さを証明している。
人が偽りを言うとき、彼らは単に彼自身のためか、あるいは家族のためか、あるいは彼の友
人のために何かの利益を得るために嘘を言う。
多くの人々がお金のために嘘を言う。他の人々は出世のために、また他の人々はそしりを免
れるために偽りをいう。
人々は自分が言う嘘によって、世が高く評価している何かを失うことを知ると偽ることをしな
い。

パウロは30歳のとき輝かしい未来が約束されていた。
彼の能力、受けた教育、高貴な品性の故に、すべての扉が彼のために開かれていた。
彼がキリスト者にならなかったならユダヤ社会で彼以上の地位を得た者はいなかったであろ
う。

十字架の後で、生きているイエスに会ったと彼が言ったとき、この世における昇進の望みはす
べて永久に絶たれた。
エルサレムでも、タルソでも彼のいる部屋はなかった。
すべての通りは阻まれ−−−すべての戸は閉ざされかんぬきがかけられた。
彼自身の家族からも追放された。
彼の旧友たちは彼に背を向けた。

彼のエルサレムでの学徒仲間は彼を冷たくあしらった。
人はそのような苦痛を受けるために嘘をいうことはない。
彼は、注目に値する意見を述べるこの世のすべての人々の嘲りと詛いに、自らを晒した。
彼の回心の時から後、彼は迫害される人であった。
彼がどこに行こうとも関係なく、彼のいのちは常に危険に晒された。
どこの土地においても彼は確実に困難と迫害の苦しみにあった。
彼は異邦人にもユダヤ人にも憐れみ深かった。

どちらの人々も彼を投獄し機会を捉えてはむち打った。
彼の存在は生ける死であった。
しかしまさしく彼はイエスに会ったと主張し続けた。
もしそれが偽りであったなら、なんと高価な偽りであっただろうか。
パウロはそれによって金銭を得ることはなかった。
彼が年老いたとき、彼の背には布きれしかなく、彼は古いオーバーコートと何冊かの本を求め
た。

それによって彼は何の好評も得なかった。
かえって彼は名声を失った。
人々は彼の信望をとりそれをぼろ切れのように引き裂いて風にまき散らした。
彼の主のように、パウロは彼自身なんの名声も受けなかった。
ある人々には彼は狂っていると見、他のあるものは悪霊つきだとみた。
彼は罵倒され、中傷され、彼のいうとおりこの世の滓のごとく扱われた。この世は完全に彼を
拒絶したが、彼はイエスに会ったとの宣言を正直に保った。

彼はイエスに会ったに違いない。さもなければそのように驚くべき高価な代償を払うことを述べ
るわけがない。
彼が自分の履歴について考えるとき、彼は円形劇場で死ぬ剣闘士の生涯を思った。

丁度これらの大観衆の見守る中で剣闘士たちが彼らの苦難と死を迎えるように、彼と彼の仲
間たちはこの世の悲劇の見せ物となった。

彼自身の生き生きとしたフレーズに、彼は日々死に渡されているとある。
さて、うそつきにはそのような勇者の業は不可能である。
ごろつきにはそのような厳しい試練に耐えられない。
詐欺師はもっと壊れやすい素材で造られている。
人は自分の不幸を増大させる偽りは言えない。
パウロはその行いによって、彼が述べていることは彼が本当に信じていることであることの論
破できない立証をなした。
 その立証は長年にわたって実行されたため、さらに深い印象を与え、人を信じさせるもととな
る。

一日あるいは一週間、あるいは一年にわたって苦難に耐えることは不可能でないかもしれな
い。しかし自分が偽っていることを知っていながら、生涯の半分を正しい心をもってその偽りの
ために苦痛を忍ぶことのできる人はいない。
パウロの殉教はそのように長引いたので身震いを覚えさせる。
彼の十字架は30年に渡った。

真理を所有しているという意識をもった心のみが、そのような厳しい苦難に耐えることを得させ
たのである。
「キリストの愛が私を強いている」が彼の魂が感じている強制の表現である。
彼の忍んだ苦難の記録を読む以上に、パウロの不真実さに関するすべての嫌疑を駆逐する
方法は存在しない。
彼の苦難のリストは決して完全ではないが、私たちの心に畏れをおこさせるのに十分である。
彼は、ユダヤ人に39回の鞭打ちにあったことが、5回あったと述べている。
ローマ人に笞(しもと)で3回打たれた。
彼は石打ちにあってほとんど死ぬところであった。
船で難破したことが3度あり、まる一昼夜、彼は海に浮かんでいた。
強盗や山賊たち、偏狭なユダヤ人たち、無慈悲な異邦人たちによって、彼の生活は常に増水
した川のように危険であった。
彼はしばしば都会で危険にあい、野でも危険に遭遇した。
彼は洪水や陸地でのひどい嵐と残酷で裏切る人々によって死に直面し、ほとんど打ちのめさ
れるほどであった。
彼は多くの日々を激しい労働に過ごし、多くの眠れぬ夜を過ごした。
しばしば飢え、しばしば渇きに悩まされた。
しばしば衣類の不足による寒さのため凍えていた。
これらすべての肉体的な困難に加えて、病み、無力な教会によってのしかかる数知れない問
題のために、迫害を受け困惑して彼を見つめている回心者に慰めと指導を与えるために、こ
れに関して彼は暗示をしたのみであったが、大きな精神的な悩みがあった。
しかしいかに多くの困難障害に直面しても、いかに多くの悩みが彼を捉えても問題ではない。
彼は高らかにこういう。−−「これらすべてのもののうち、私を動かすものはなにもない!」

それらの困難は確かにペテン師を動かした。
 明らかに死に直面したときの人の行動は常に心に留めるに値する興味深いものがある。
三つの異なる機会に、私たちは使徒がひるむことなく死に直面したことを見る−−−一度目は
暴徒たちが神殿の庭で彼を殺そうとしたとき、次は地中海で彼の乗った船が難破したとき、い
まひとつはローマの牢獄で静かに死を待っているときである。

これら三つの場合すべてに、偽りを演じて裁判官のもとに引かれていく人の魂を暗示すること
ばはなにもない。

彼は群衆に話す機会を得るやいなや、彼はダマスコの門のところでどのようにイエスに会った
かという何百回も繰り返した古い話をし始めた。

ローマの牢獄にあって、彼の信仰を退けるのではなく、一層固くして言った−−−「私は、自分
の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守
ってくださることができると確信しているからです。(2テモテ1:12)」
ある人はフェストと一緒にこういうかも知れない、パウロは狂っていると。しかし、パウロが不真
実であると言うことは不可能である。
 従ってここにその上に建てることのできる岩がある。
私たちは正直な人を見いだした。そして正直な心からあらゆる善いものが出てくることが期待
される。
それは人類の終わりに関する彼の解説ではなく、イエスの死でもなく、人間パウロであって、彼
は私たちの課題と戦いを戦い抜く力と望みとを私たちに与えるのである。
パウロは自分自身をうちたたいた。

彼は謙遜な心を持っていたが、如何に大きな場所を彼が占めているか記憶することは有益で
ある。
彼は自分に注意を惹きつける流儀をもっていた。
彼は人々に自分に似たものとなる事を勧めることをためらわなかった。
彼はいのちの主の霊に満たされた生涯を生き、こう言うことができた。−−「私を見なさい!」

ルカはパウロがミレトの海岸で、エペソの長老たちの眼前で手を挙げ−−「あなたがたは私が
この手で如何に激しく働いたか知っている!」と述べたことを忘れることができなかった。
その両手はおそらく山羊の毛皮を扱うことによって汚れ、しみが付いていたことであろう。
針はその指に深い傷跡を残していた。
彼の両手はパウロがエペソ人たちに宛てた手紙の一部として読まれるべきである。
彼は常に彼の日々のパンを彼らに求めず、彼らに仕え、三年間しばしば涙を持って日夜彼ら
を教え導いたことを彼らに思い出させた。

「このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよ
りも与えるほうが幸いである。』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、
あなたがたに示して来たのです。」(使徒20:35)
これらの人々はパウロの真実さを疑わなかった。
彼は彼らの間にあった千日間の高貴な生き方によってそれを彼らに証明した。
彼らの間での彼の生き方の記憶と彼が去っていく思いは、彼らの目から涙をほとばしらせた。

成人した者は、厄介者に対しては、彼の出発する前日にそのくびにだきついて泣きもキスの雨
をふらせることもしない。

 パウロは彼の体すべてが彼の真実の証しであるとみなした。
ガラテヤではパウロには多くの離反者がいた。そしてあるものは、一度は彼に従ったが、今は
もはや彼についてこなかった。
彼は弁護のために心を動かし、聖書の解き明かしと勧めと、そして手の届くあらゆる他の説教
をもって強調したが、結局彼らの誹謗に対する最善の反論として、自分を示すことに立ち返っ
た。

彼らがもし彼が神から直接受けたとする彼の使命は偽りであると考えたなら、彼の体を見るよ
うに彼らに勧めることが、彼がなしうるすべてであったことであろう。
この後彼はこう言っている。私の働きを妨げようとするものはない。なぜなら私の体にイエスの
印をつけているからである。
ルステラにおける石打ちは彼の体に傷跡を残した。
ローマ人の笞によってつけられた傷跡は見える形で残っていた。
ユダヤ人の革ひもは深く傷つけ、それを解いたあとも赤いしみが残された。

1世紀の奴隷の主人たちは、どこにおいて彼が見つけられても奴隷と分かる印をつける習慣
があった。彼の所有権が確立していたのであった。

パウロはイエスの奴隷であり、神はパウロをいかなる主人に所属しているかこの世に示され
た。

 その一番はじめに際だって、誤ることのない人格の人が立ち、その人がそのように真実と信
仰といかなる巧妙な見解によっても振るわれることのない高潔さに生きたことはキリスト教にと
って幸せである。

新約聖書を不器用な寓話作家とねつ造者による不正直な本であるといってけなすことが、ある
無謀な団体の流行であった。

それらの仮説はとっくの昔に棄却された。
人が新約聖書に記録されている事柄をどんな風に考えたとしても、動かされない一事がある。
それは、彼らが見たこと聞いたこと経験したことを、ありのまま正確に記すことを熱心に望んだ
正直な人によって書かれたということである。
パウロは決してポーズを取らなかった。
彼について何の技巧もされていない。
彼は見せかけをすることはしなかった。
彼には欺くことは不可能であった。
もしデオゲネスがどこか他の世界に、彼のランタンをともして正直な人物を捜したなら、彼はパ
ウロに至って叫んだであろう。−−「私は彼を見いだした!」と






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