序 文

  以下の説教は1907年と1908年の冬、1月1日からイースターまでの間の日曜日の夜に、
ブロードウェー大会堂でなされたものであって、そのうち十二は前の年に十四は次の年になさ
れた。それらはイエスの品性だけを捉えた研究であって、キリスト者であると告白している人々
に対しては、彼らの主へのより深い献身を激励し、キリスト者でない人々には、キリストの教会
の創始者をさらによく知り、彼の弟子になりたいとの願望を呼び起こすためという、説教者の二
重の目的をもっている。聴衆は大部分若者たちであって、少なからぬ数の学生たちが含まれ
ていた。これらの若者の多数の要請に応えて、このたびの説教集出版の運びとなった。
 完全に自分の原稿通りに語る、あるいは、話した通りに書く説教者はいない。説教はその大
部分が型にはまらない即興の談話であることが許される。週毎に変わる聴衆に話す連続説教
においては、一部を除いて繰り返し語ることもある。説教を聞いた大多数の人々にとっては、
わずかな興味しかないことであるので、著者と本文の問題は全く触れずに放置した。
 過去30年間の多数の新約聖書批評を研究した結果、福音書は私たちに信用のおける歴史
と、神がそれを意図されたとおりの間違いのないイエスの正確で十分な肖像を現在の私たち
に示しているという自分の確信を、説教者は臆することなく主張している。
 これらの批評に書かれたものとは反対に、説教者は福音書での信頼性が高い節がほとんど
ないと考えたり、イエスのイメージが愛情によって引き起こされ色づけられた想像力の仕業で
あると思ったりする確かな根拠を見いださなかった。福音書を書いた人々は、彼らの主張を信
用がおけないものとするよう熱心であったどんな人物よりも信頼が置けるのである。
 二つの開会説教は、ひとつは1907年の年頭に、もう一つは1908年のはじめになされた。







戻る
戻る